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「大切な方が倒れる場面を目撃して、取り乱すなというほうが無理な話です」
「では、なぜ、そのあとも口づけを試さなかったのだと思いますか? ご覧のとおり、お嬢様とふたりきりになるタイミングはいくらでもありました」
それに、と彼女は言う。
「魔術師殿から毒と聞かされても、私は打ち明けませんでした」
「それは……」
自分が口づけても目を覚まさない事態を恐れたのではないか。浮かんだ安易な想像を、アルドリックは取り消した。動機の中心に自分の恐怖を据える女性ではない気がしたからだ。
打ち明けなかったことについても、あの動揺ぶりを思えば、致し方ない部分もある。アルドリックは慎重に言葉を選んだ。
「あなたは、昨日、目覚めなくてもよいとお嬢様は考えたのではないかと仰いましたよね。望まぬ結婚より、眠ったままのほうが幸せと思われたのでは」
「違います」
彼女は目を伏せたまま、自嘲した。
「私が、ただ私のためにあのままを望んだのです」
「……え」
アルドリックは静かに瞠目した。
「だから、包み紙も隠し持っておりました。ですが、お嬢様の命が失われることを望んだわけではありません。あなたがたが来てくださってよかったのだと思います。どうか、これでお嬢様の眠りを解いていただけませんか」
お嬢様がお目覚めになったら、すべてはもとに戻ります。顔を上げ、彼女は明言した。
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