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「報告の内容を決めるのはおまえではないが、解毒薬の調合については請け負った。――アルドリック?」
「あぁ、そうだね」
呼びかけに、アルドリックは穏やかな表情を取り繕った。
「彼の言うとおりです。解毒薬の調合もあるので本日はこちらで失礼しますが……。明日でいいのかな。うん、明日、また伺います」
では、と頭を下げる。部屋を出る直前。最後に見たミアの横顔は、憑き物が落ちたように穏やかだった。椅子に腰かけ、エミリア嬢をじっと見つめている。残された時間を惜しむように。
彼女のことを報告するのは、エミリア嬢が目を覚ましたあとで構わないはずだ。そう決めて、宮廷で解毒薬の調合に取りかかるという事実のみを執事に告げる。屋敷を辞して見上げた空は、昨日と同じ晴れやかな春の色をしていた。
――なんだかなぁ。
エミリア嬢を思えば、解毒薬完成の目途が立ったことは喜ばしいことだ。報告に手心を加えれば、あのメイドへの罰も少なくなるかもしれない。
承知していても、アルドリックの心はまったく晴れなかった。
――ミアさんが言ったとおり、エミリア嬢が「そのあとをどうしたいのかは、あなたが決めて」と言ったのだとして。彼女が選べる道なんて、結局ひとつしかなかったんだ。
仮に、彼女の口づけでエミリア嬢が目を覚ましたとしても、エミリア嬢が嫁ぐ未来を変えることは不可能だっただろう。
当主を間近で見ていた彼女たちはわかっていたはずだ。だから。……だから、エミリア嬢をそばに留める唯一の方法が、目覚めさせないことだったのだろう。
だが、エミリア嬢の婚姻には家の存続がかかっている。その現実を無視できるほど、彼女たちは子どもでも盲目でもなかった。ほんの数日の悪夢のような幸福を経て、正しく現実に舞い戻る。
彼女たちが選ぶほかなかった、たったひとつ。身勝手な感傷と理解していても、どうにも胸が苦しかった。
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