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塔の窓から見える空は、もうすっかりと深い夜になっていた。室内に漂う、混ざり合った薬草の香り。
においだけで種類を判別することは、アルドリックには叶わない。当然のことだ。もっとも、ノイマン家の一件を聞いたエミールも、「天才は格別に鼻も良いらしい」と笑っていたけれど。
――天才、かぁ。
少し離れた椅子から作業する横顔を眺め、ぽつりと問いかける。
「それを飲めば、エミリア嬢は目覚めるの?」
「おそらくは。――なんだ? おまえは、俺に失敗をさせたいのか」
「そういうわけではないけど」
誤魔化すように笑い、アルドリックは口触りの良い言葉を選んだ。
「それに、きみは失敗なんてしないだろう?」
十年に一人の天才。この国の誇る最年少一級魔術師。多少変わり者でも許されるだけの魔力を有する、祝福されし子ども。
その、かつての子どもが、考えるように黙り込んだ。
「魔術師殿?」
「俺たちの仕事は依頼人の令嬢を目覚めさせることだろう。そのあとのことは、俺たちが関与することではない」
「それは、本当にそうなんだけど」
「それに」
乳鉢で角を擂り潰しながら、エリアスは淡々と言葉を紡ぐ。
「目を覚まさなければ、真意を伝え合うこともできないままになると思うが」
「……そうだね」
噛み締めるように、アルドリックは頷いた。彼から目を逸らし、膝の上で組んだ手を見つめる。ミアがそうしていたように。
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