エピソード1:眠り姫の毒

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 *  塔の窓から見える空は、もうすっかりと深い夜になっていた。室内に漂う、混ざり合った薬草の香り。  においだけで種類を判別することは、アルドリックには叶わない。当然のことだ。もっとも、ノイマン家の一件を聞いたエミールも、「天才は格別に鼻も良いらしい」と笑っていたけれど。  ――天才、かぁ。  少し離れた椅子から作業する横顔を眺め、ぽつりと問いかける。 「それを飲めば、エミリア嬢は目覚めるの?」 「おそらくは。――なんだ? おまえは、俺に失敗をさせたいのか」 「そういうわけではないけど」  誤魔化すように笑い、アルドリックは口触りの良い言葉を選んだ。 「それに、きみは失敗なんてしないだろう?」  十年に一人の天才。この国の誇る最年少一級魔術師。多少変わり者でも許されるだけの魔力を有する、祝福されし子ども。  その、かつての子どもが、考えるように黙り込んだ。 「魔術師殿?」 「俺たちの仕事は依頼人の令嬢を目覚めさせることだろう。そのあとのことは、俺たちが関与することではない」 「それは、本当にそうなんだけど」 「それに」  乳鉢で角を擂り潰しながら、エリアスは淡々と言葉を紡ぐ。 「目を覚まさなければ、真意を伝え合うこともできないままになると思うが」 「……そうだね」  噛み締めるように、アルドリックは頷いた。彼から目を逸らし、膝の上で組んだ手を見つめる。ミアがそうしていたように。
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