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「たしかにそうだ」
そのとおりだと思ったのだ。あのままだと、誰も彼もが立ち止まったままになっていたはずで、誰もそんなことは望んでいなかったはずだ。
そっと息を吐いて、顔を上げる。
「ありがとう、魔術師殿」
エリアスはなにも言わなかった。変わり者だ、子どもだ、人に関わる事案はすべて自分が引き受けよう。そんなふうに思っていたはずが、なんだ。この子のほうが、よほどしっかりとしているじゃないか。
……本当に、なにもかも敵わないな。
国家魔術師の臙脂のローブ。魔術師が使う特別な器具と、数え切れないほどの書物。乾燥ハーブに、なにかの粉末。さまざまな不思議が詰まったガラス瓶。
幼い時分のアルドリックの憧れが凝縮されたような空間の中心に、彼はいる。アルドリックが許されるのは、境界の近くで眺めることだけだ。
――あたりまえだろう。おまえが俺になれるわけがない。
隣の家に住むふたつ年下の幼馴染みは、なにごとにも動じない、強固な自我を持つ子どもだった。
だから、魔力がなかったと打ち明けたアルドリックに。きみみたいにはなれそうにないよ、と卑下の混じった羨望を向けたアルドリックに。幼いエリアスが返した答えはなにひとつ間違っておらず、正しかった。でも。静かな横顔を見つめたまま、アルドリックは苦笑をこぼした。
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