エピソード1:眠り姫の毒

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【エピローグ】 「エミリア嬢は、少なくとも、僕たちがいる前ではなにも言わなかったね」  王都の中心部を離れるにつれ、行き交う人の影は少なくなっていく。塔に向かう道を歩きながら、アルドリックは呟いた。  ノイマン家の一件がひとまずの終わりを迎えたのは、少し前のことだ。  父親は芝居がかった態度で目覚めた娘を抱きしめ、娘も抱擁を受け止めた。見守っていた執事も、ミアも、余計なことはひとつも言わず、「ようございました」と安堵の表情を見せただけ。  抱擁の終わり、エミリア嬢は「ご迷惑をおかけしました」と気丈な顔でアルドリックたちにほほえんだ。  これで、落着。結婚を控え情緒が不安定になった、思春期の娘が取った衝動的な行動。目を覚ました彼女は、突飛な行動を恥じ、もうしないと誓う。ひとつ無事に大人になったという、当主にとってのいつかの笑い話。  彼女たちの今後に、自分が関与する資格はない。口を出すことが許されるのは、彼女たちの人生に責任を持つことができる者だけだ。  近づいた塔を見上げ、アルドリックはもうひとつを呟いた。 「まぁ、僕には、彼女たちの心が少しでも晴れやかになるよう、祈ることしかできないわけだけど」 「当然だ。分別をわきまえず、聞こえの良い言葉を使うほうがよほど問題と俺は思うが」 「それも、まぁ、そのとおりなんだけど」  あいかわらずの正論を、笑って受け止める。
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