エピソード1:眠り姫の毒

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「でも、駄目だね。そんなことをする権利はないとわかっているのに、きみの言うところの聞こえの良い言葉を、僕はつい使ってしまいたくなる」  自分の罪悪感を埋めるためだけの行為だとわかっていても、それでも。  塔の前でエリアスの足が止まる。夕闇に揺れる銀糸に誘われ、アルドリックも立ち止まった。  じゃあ、また、と即座に踵を返す気になれず、再び口を開く。胸の内を共有したかったのかもしれない。 「それにしても、すごい愛情だったね。そう思わない?」  正しい、正しくない、ということは、アルドリックにはわからない。自分が判断をすることでもない。だが、彼女はエミリア嬢が預けた命を受け取ったのだ。  目を覚まさずとも自分のそばに置きたいと願い、自分が罰されようとも彼女が目を覚ますことを望んだ。どちらも本心だったのだろうと思う。 「打ち明けたミアさんの勇気に感謝しないといけないな。重い罰を受けるようなことがないといいけど」 「よくわからないな」 「どんな理由があったとしても罰は受けるべきだということ? まぁ、それも、そのとおりだと思うけど」  首を捻ったエリアスが、ぽつりと続きを紡ぐ。アルドリックの話など、耳に入っていないという調子だった。 「好きな相手を他人に差し出そうとは、俺は絶対に思わない」 「……」 「眠ったままでも手元に置きたいという思考のほうが、まだ理解できる」 「ええと」  あまりにも真顔で言うので、反応に困ってしまった。天才と評判の彼にかかれば、流れの魔術師とは比べ物にならない劇薬を精製できるに違いない。  そんなことはしないと信じているけれど。
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