エピソード1:眠り姫の毒

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 彼女が手を出したものは、まさにそれだった。  ムンフォート大陸において、隣国フレグラントルに次ぐ魔術国家であるメルブルクには、「流し」と呼ばれる魔術師が短期滞在することがある。彼らはその際に薬を売り歩くのだ。  完全なる違法とは言わないにせよ、限りなく黒に近いグレーの存在。当然、親や教師はうかつに手を出さぬよう指導を行うが、若い人間の好奇心は計り知れない。悩む心に甘い毒を注がれては、なおのことである。  とかく、彼女は、「真に思い合う者からの口づけでのみ目を覚ます薬」を手に入れた。言葉にすることが難しかった彼女の精いっぱいの抵抗であったのだろう。  彼女は薬を飲み、効能を記した紙と空の小瓶を残した。驚いたのは、揺らしても叩いても目覚めぬ娘を発見した両親である。仰天した母親は近所の住民に相談し、それを聞いた件の幼馴染みが名乗りを上げた。  結果は、娘の記した効能のとおり。なにをしても目覚めなかった娘が、幼馴染みのキスで目を開けた。喜び感動した両親は、娘と幼馴染みの結婚を許したという――。 「その話が、王都のお嬢さん方の中でロマンティックだって広まっちゃってね。半月ほど前から流行はしていたんだよ」  そう、アルドリックはエリアスに説明をした。 「そのあとで話題になったケースもいくつかあるんだけど、無事に目が覚めました、ハッピーエンドというような軽い話ばかりでね。宮廷の薬草部も当初は『グレー』という判断だったんだ。ただ、ちょっと噂が大きくなりすぎただろう? 規制する流れに変わったんだけど、察したのか、例の魔術師が国外に出ちゃってね」  ずぼらな管理だと思われたら嫌だなぁという保身半分で、アルドリックはなんでもないふうに続けた。一方、エリアスは、完全に興味のない顔で頬杖をついている。  偉そうな態度なのに、妙に似合っているせいで注意する気も起きない。注意できる立場かと問われると、悩むところではあるのだが。
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