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太陽が昇りヒトの姿になれるようになった途端、僕は一目散に走りだす。目的地は少し先の本館近くの噴水。僕は何も考えずに水の中に飛び込んだ。
朝の冷たい水が身体を一気に冷やしていく。
身体の奥に燻る熱まで冷やしたいと思って、僕はしばらく水に浸かったままでいた。
ふと思い立って自分の後孔にそっと触れてみた……。少し昨日の名残があってピリリと痛む。本当にココに昨日……うぅ。思い出すだけで冷やしてるはずの身体も頭もまた沸騰しそうだよ。
キンキンに冷えたところで噴水から出た。水から上がるやいなや、すぅっと水は乾いていくから本当の人間でなくて良かったと思う。人間が雨に濡れて風邪をひくのとかよく聞くからね。四六時中水浸しとかじゃなきゃ、僕らには水は恵み以外のなにものでもないのに。
それにしても、彼は『ルアル』というのか。素敵な名前だ。僕には名前なんてないから。
「また……会える、かな」
あの熱と優しく触れる冷たい指を思い出して僕は……。
◇◇◇
それからしばらくは今までと同じで、僕はルアルを見上げていることしかできなかった。彼も今まで通り、毎日ではないけど夜にこの庭園を見下ろしている。どうして会いにくるって言ったのに来てくれないんだろう。あの窓辺にいるのに……切ない……。
一度ルアルの肌を知ってしまったからか、今までと同じなのにどうしても切ない気持ちが混じってしまう。
昼の動ける時間にまた屋敷に入り込んでルアルを探したこともあったけど、昼はどうしても見つけることができなかった。やっぱり彼は夜にしかヒトの姿になれないんだと思う。あのときもタイミングがみたいなことを言ってたし。
僕はあの日から陽が傾き始めたらここにいるようにしてる。だってこの間、来てみたらいないって言われたから。またすれ違ったら悲しいもん。でもずっと会えてないんだ。
「会いたい……」
季節は冬だ。なにもできない長い夜は、より切ない気持ちになる。だけど、つぶやいてからふと気付く。僕はなんて贅沢なことを言っているのかと……。
そして知る。何年も見つめ続けてきたけれど、ルアルについて知ってることが名前以外何もないことを……。
「で、も……好き……」
グスグスと膝を抱えて、あの日彼が座っていた僕の本体の根本に座り込んでいると、突然上から言葉が降ってきた。
「そうかよ」
ガバッと顔を上げると、夕焼けの中ルアルが気まずそうな顔で僕を見下ろして立っていた。
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