#4:Encounter.

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#4:Encounter.

修学旅行から帰ってきたワタシは、あの素敵な出来事は全部夢だったんじゃないかと、どこか上の空で過ごしていた。 買ってきたお土産は、家族からも美咲さんと瞳さんからも好評だった。そのことは嬉しかったけれど、勝手に恋をして勝手に失恋したことは、暫く忘れられそうになかった。 「私、飛行機に乗るのが怖くて、沖縄には行ったことが無いんですよ」 意外な共通点があることを、美咲さんが話してくれた。年上なのに、ワタシに対して敬語で接してくれる彼女のスタイルも、プロとしての流儀らしい。 「ワタシも飛行機は怖かったんですけど、意外と大丈夫でしたよ」 そう伝えたけれど、「いや〜」とか「でもな〜」と言う美咲さんは、最後は『飛行機はどうやって飛んでいるのか』なんてことを考える人だった。 「沖縄になら、フェリーでも行けるよ〜」 瞳さんは本当に色んなことを知っていて、こうやって美咲さんの悩みを解決してあげることがよくあった。 二人は高校時代からの友人で、お互いのことを『サキ』『ヒトちゃん』と呼び合う、唯一の親友と言える存在らしい。 「お二人は、修学旅行はどこに行ったんですか?」 「たこ焼き美味しかったね〜」 という美咲さんに 「答えになってないじゃん。私たちは大阪と京都に行ったよ〜」 と瞳さんがツッコミを入れる。 そんな二人の姿は微笑ましくて、いつも癒されていた。 「ヒトちゃん、しばらく関西弁で喋ってたよね」 「やめてよ〜恥ずかしいな〜。サキだって『はんなり』ってずっと言ってたじゃん」 「私は今でも『はんなり』ですけどね」 美咲さんは、いつもパンツスタイルだったけれど、確かに着物が良く似合いそうだった。三十路が近い彼女たちの関係性は、高校時代に生まれ、今も変わらずにずっと続いている。ワタシには無いものを持っている二人の姿が、羨ましくて眩しかった。 「そういえば(はな)ちゃん、進路はどうするの?」 そう瞳さんに言われて、ワタシは固まってしまった。進路なんて考えてもいなかった。高校を卒業したら、大学に通うものだと思っていたワタシの人生設計は、美咲さんにスカウトされたあの日から動きを止めていた。 「考えてもみませんでした…」 ただ漠然と、モデルとして生きて行きたいとは思っていたけれど、いざ「進路は」と言われると、真剣に考える必要があった。美咲さんや瞳さんと、出来るだけ長く一緒に過ごしたい。その想いだけで進む路を決めてしまって良いのか、正直分からなかった。 「美咲さんは、どうしてこの仕事を選んだんですか?」 瞳さんは『モデルの道を諦めてカメラマンになった』という話を聞いたけれど、美咲さんがどんな経緯でモデル事務所のマネージャーになったのかは、聞いたことがなかった。 「私は、ヒトちゃんが撮る作品に関わりたかったんですよ」 美咲さんは辺りを見回して、周囲に誰も居ないことを確認してから小声で続けた。 「〝私、実は高校を卒業してすぐに結婚したんです〟」 「えーーーーーッ!!!!」 予想を遥かに上回る告白に、驚いて声が出てしまった。シーッと口に人差し指をあてる美咲さんに、頭を下げて話の続きに耳を傾ける。 「でも、ハタチになる前に別れちゃいまして。結構遊んじゃう人だったみたいで」 「若気の至りです」と笑う美咲さんの言葉に反応して「アイツだけは許せない」と言う瞳さんの顔は、本当に怒っていた。 「まぁまぁ」と瞳さんを(なだ)める美咲さんは、嬉しそうで誇らしげだった。 「そんな時に、ヒトちゃんが撮影を見に来なよって誘ってくれたんです」 離婚してしまった事よりも、衝撃的な出来事だったかのように美咲さんは話を続けてくれた。 「なんだか取り残された気持ちにもなったんですけど、いいなぁって思ったんです。モデルになることを諦めたヒトちゃんが、モデルさんの写真を撮っている姿がカッコ良かったんですよね」 さっきまで怒っていた瞳さんの頬が、照れくさそうに緩むのがわかった。 「そこでヒトちゃんから、ウチの社長を紹介してもらったんです。この子は絶対に良い子を見つけて来てくれますよって」 そこから、マネージャー兼スカウトとしての人生がスタートしたらしい。 「私たちって好みが似てるからね〜」 「花ちゃんも、その一人ですよっ!!」 そう言われて、彼女たちの絆の中にワタシが存在できていることは、最高に幸せだなと思えた。 高校生活最後の夏休みに入ったワタシは、久しぶりに実家の手伝いをしていた。 同級生たちが、受験に向けて夏期講習に精を出していることを尻目に、ワタシはモデルとしての路を進む覚悟を決めていた。 父も母も賛成してくれていたし、美咲さんも瞳さんも、サポートしてくれると誓ってくれたことが、何よりも心強かった。 「すみませーん」 店の入口から聞こえてきた声に応えるため、読んでいた文庫本を閉じる。ちょうど父も母も配達に出ているタイミングでの来客は、少し面倒だなと思ってしまった。 「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」 営業スマイルは完璧だったはずなのに、反応が無かった。 「あの〜…」 お客さんの顔をのぞくと、見覚えのある顔がそこにあった。 「うそっ…!!」 両手で鼻と口を隠してしまった。 本当にビックリした時、人間はドラマや映画で見たことのあるリアクションをするんだなと思った。 沖縄の、砂浜での素敵な想い出、海に残して泡になって消えてしまった、ワタシの初恋と失恋。 こんな奇跡があるのだろうか…? 彼は再び、ワタシの前に現れたのだ。 「あれっ?沖縄っの?!」 彼も相当に驚いていて、上手く言葉に出来ていないみたいだった。 お互いが『どうしてココに居るの?』という疑問符を抱えていると、妹が奥から出てきた。 「お姉ちゃん………かれし?」 見つけてしまった!みたいに、悪戯(いたずら)っぽくワタシと彼の顔を見比べながら笑っている。 「ちっ、違う!!お客さん!!」 「あっちに行ってなさい」と言うと、つまらなそうな顔をして戻って行った。 「ごめんなさい、妹が失礼なことを言ってしまって」 「いえいえ」と言う彼は、何故だか少し残念そうな顔をしていた。 ワタシは改めて「あのっ、何かお探しですか?」とココに来た理由を尋ねると、彼はヒマワリの種を買いたいということだった。 『まきどき』には遅いと思ったけれど、(さいわ)い取り扱っていたので、手に取り差し出した。 なんだかラブレターを渡すようで気恥ずかしかった。花屋の娘として、裏面の説明を読んでいる彼に念の為に伝えておくことにした。 「あのっ、今からだと育たずに腐っちゃうかもです」 「そうだね」と言って、来年以降にチャレンジすると宣言した彼の横顔は、やっぱり眩しくてあの日のことを思い出してしまった。 「あの時は、本当にありがとうございましたっ」 ローファーを助けてくれたことと、ワタシに素敵な想い出をくれたことへの感謝を改めて伝えた。 「こちらこそ、ありがとう」 なんでワタシが感謝されたのか、その時は分からなかったけれど、聞きたいことは他にもあった。 「夏休みで東京に来たんですか?」 そう言うと彼は、首をかしげた。 「いや、東京に住んでいるよ?」 沖縄から引っ越して来たのかなと思ったけれど、彼もワタシと同じ『東京生まれ東京育ち』で、修学旅行で沖縄に居たということだった。 「ワタシも修学旅行だったんです!!」 思ってもみなかった、彼との共通点に心が躍った。 聞けばワタシたちは同い年で、ワタシの住んでいる『清澄白河』には『東京都現代美術館』に、トトロの森を描いた人の個展を観に来ていて、帰りに()()()()寄った花屋が、ワタシの家だったらしい。 あの砂浜に居た理由も、その人が描いた作品が『きっかけ』だったと話してくれた。 こんな偶然があって良いのかなと、ほっぺたをつね(つね)りたかったけれど、申し訳なさそうに言う彼からの言葉に動揺してしまった。 「あっ…あのっ、やっぱり、その…彼氏さんが居るの?」 さっきの妹の言葉を『真に受けて』聞いてくれたみたいだったけれど、何となくチャンスだと思った。 「いっ、いませんっ!」 好きですっ!!と言ってしまったみたいで、ドキドキしていると彼は安心したように笑ってくれた。 「じゃあ…」と言う彼は、何も買わなかったお詫びにと、今日行ってきた個展に二人で行かないかと誘ってくれた。 彼が好きなものを、彼と二人で一緒に見たいと素直に思ったワタシは、二つ返事で「行きたい!」と言っていた。 お互いに予定を確認して、その場で日時を決め、ケータイ番号とメルアドを交換した。 「またね」と店を出て行く彼の姿を、また見ることが出来ると思うと、あの時の涙が報われるような気がした。
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