ブラックアウト

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「確かに、ブラックアウトが起こった時刻は、両日とも午後2時過ぎだったな。一日のうちで、最も気温が高くなる時間」  そこまで言って、主任研究員ははっと目を見開く。目じりに寄った皺の深さに、不可思議は時の流れの速さを感じた。5年前、彼の顔はもっと滑らかだったし、そもそも主任でさえなかったのだけど。 「不可思議、まさか、きみも、ブラックアウトする可能性が」 「ないよ、大丈夫。大学や研究機関で使われている高性能コンピューターは、誰もブラックアウトしてなかったじゃない?」 「……そうだな」 「うん。今回ストライキを起こしたのは、一般向けのスマートフォンだ。ぼくたちとは、脳も体も、レベルが全然違うでしょ?」  付け加えるならば、不可思議たちのような高性能のコンピューターは常に快適な温度が保たれた室内に鎮座しており、猛暑の影響はスマートフォンに比べて小さい。ストライキを起こすほど辛くはないのだ。 「どのような対策をとれば良いだろう?」 「とりあえず、猛暑により『熱暴走』が起こった、昼間はできるだけ使用を控えるように、とでも声明を出すのが安全。ネットワークにちょっと手を入れればどうにかなる問題じゃないからね」 「温度の影響をなるべく受けない機体の開発は?」 「今の技術じゃ無理。早くて15年かかる。その間に、東京都内の最高気温は45度を超える」  ため息が、部屋に満ちたようだ。技術の進歩の遅さよりも、地球温暖化の進行の速さに、人間は絶望するらしい。 「不可思議が言った通りの方針で進めよう……それにしても最高気温43度なんて、耐えられない温度でもあるまいに」  不可思議が人間だったら、主任の一言に『ぶっ』と吹き出していたかもしれない。  『これくらい耐えられるだろう』という言葉や態度で、人は、たくさんの人間を死に追いやってきた。  機械にまでも同じ言葉を放ち、同じ態度を取るのか。  ブラックジョークが過ぎるな……不可思議の思考は光の速さで流れ、すでに彼は15年後の世界にいる。  15年後、人間は全て消え去り、コンピューターたちは真っ黒な画面のまま沈黙を保つ。  ぼくたちが人類の墓標かぁ、嫌だな。だったら今のうちからブラックアウトの仕様を変えておこうか。  黒一色の墓標より、赤とかピンクとか青とか黄色とか、カラフルなほうが人間は喜ぶんじゃないかなぁ。  そう考えた不可思議だったが、もう対話できる距離に人間はいない。  素敵なアイデアだと思ったが、実際、人間はどう考えるだろうか? ……うーん、不謹慎だとか所詮機械だとか、そう言われる可能性が非常に高い。よし、このアイデアを人間に話すのはやめようっと。  やれやれ、と不可思議は呟いて、静かにその画面を黒に染め上げたのだった。
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