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紺野は私が拒絶しないことをいいことに──彼は私が拒絶しないことを知っているだけだが──私の後頭部を柔らかく撫ぜる。私の首筋を撫であげて、自らへと引き寄せるのだ。ちゅぅ、ちぃう、ちゅ、柔らかく触れるだけのキスを何度も行う。今までの強引な紺野は今、日本にいるのか、と思うほどに優しいだけの啄むだけのキスが続いた。私はぬるり、紺野の唇を舐めてみる。
「……それは純粋な気持ち? 飼い犬が主人を乗り換えたから妬いたのですか?」
「アンタは楊の犬になったのか? プッシーキャット」
昨日の楊の前での会話、「香港では愛玩を犬ではなく猫で例えるらしい」という言葉を覚えていたらしい紺野は私をプッシーキャットと呼ぶ。この言葉は子猫の意味もあるが、同時に現代では性的な意味合いで女性を呼ぶとき使われるスラングでもある。暗にこれからそんな女性になるのだと言われている気持ちになった。
「まぁ、高値で買われたので」
「……いろいろ言いたいことがあるけど、まずなんで買われたんだ?」
「尋問はセックスの前に行うってことですね」
「最高に痺れる前戯だな」
眉間に皺を寄せた紺野が私の腰を撫ぜながら、不機嫌そうに言葉を落とす。その質問の回答が私の頭の片隅を通過する。あぁ、怒られる。喜ばせもするだろうか。
私は服の下に隠されているネックレスを取り出した。紺野が作ったイカサマネックレスだ。
「これ着けて闇カジノに入ったらこのありさまです。その闇カジノが楊のテリトリーだった」
「……」
私たちはこの一部屋で互いに互いの能力を分け与えた。私は紺野から体術やイカサマなどを叩き込まれ、そして紺野に医療技術を身につけさせた。それはまるで粘膜の接触であるセックスと似ていたのを覚えている。自分の得てきた過去と考えを開示しあけ渡す。余すことなく互いの知識を共有することはエロティックだ。
私が実地試験を行なったこと事態は彼にとって喜ばしいことかもしれないが、楊にそれがバレたことは腹立たしいだろう。紺野の複雑な気持ちが見て取れる。
「……なんですか? その指?」
紺野が私の首元を彩るネックレスを自身の指に絡めたとき気付く。紺野の欠損した指先に義指がはまっているのが見えたのだ。メタリックのそれがきらり、太陽の光で煌びやかに輝いていた。たしか昨日は見なかったはず。
「銃握るの大変でね、作ってもらった」
私のその言葉にかしゃん、金属音が響き渡る。紺野が軽やかに義指を動かした。見慣れない物に私はそれに釘付けになる。
「挿れてみるか? 仕置きにはいい?」
紺野はそう言ってにこり、笑い、再度私にキスをする。そんな不穏な言葉はうそだとわかる柔らかな口付けだった。
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