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私もあなたに仕置きをしたかった。なにか指示したらすぐさまそれを行ってしまうような、パブロフの犬のように躾けて従順にさせたかった。太陽と月が入れ替わるような必然性を持たせて、私もあなたに教育させたい。紺野に「わん」と鳴かせてみたかった。
「……その義指を私のナカに入れたらあなたは満足なんですか?」
「、めい」
「あなたを満足させられるのが私だけならこんな幸せなことはない。ただ、それを挿れたあとは紺野さんが私を満足させて」
裏社会は主従関係で成り立っている。支配する者とされる者。けれど、私たちの関係はもうそこから離れている気がした。私は紺野に支配され、そして紺野を支配している。これが私たちの均衡の取れた新しい支配の形だ。
紺野が柔らかな瞳でこちらを見つめる。眉の場所にある傷痕が少しだけ定位置から下がる。柳眉が歪んだ。そのまま義指に彩られた手が私の頬を撫ぜるのだ。大きく骨張ったその手が私の顔面を覆い尽くす。
「俺はアンタに素直に会いたかったって言ったんだから、アンタも寂しかったって言いなよ」
「……」
「楊に拾われるのを拒まなかった程度には人恋しかったんだろ?」
愛瀬に使われている古びたアパートの一室。そこは底なし沼のように私を引き摺り込む。ずぶり。泥濘に足を取られ転んでしまいそうだ。転んだら最後、私は紺野に愛されるだけの人間になってしまう。それが少しばかり幸福で、だが恐怖心を植え付けるものでもあった。自らの心臓を舐められ喰われる感覚を持つ。甘ったるい綿菓子のような一室に、今にも逃げ出したいと思う私がいた。支配し支配される恍惚さを肌で感じる。
「めい」
私の唇を紺野の冷たい義指が滑らかに滑った。撫ぜられた場所がかぁぁっ、と熱く熟れる。かしゃん。鼓膜を犯す金属音の甘美なそれに彼のプッシーキャットである私の尻尾が揺れた。
「髪伸びましたね」
「……まぁ、周り敵ばかりだからね髪の毛なんて切れない。誰も信用ならないのに背後に刃物持った人間が立つなんてなおさら無理でしょ。アンタ切ってよ」
「さみしかったです」
紺野は私が話題を変えたことに小さく溜め息を吐いた。無理強いをしたくないのか先ほどの話題を終わらせる。そして残念そうに目を伏せた。
寂しいなんて言いたくなかった。認めたくなかった。私は弱点を他人に見せるな、という経験を裏社会に入った当初から培っている。私の基礎的な考えだ。それを崩すことは難しい。
けれど、寂しげな紺野の憂いに満ちた表情を見たときに言葉が鱗が剥がれるように落ちた。
「私も紺野さんに会いたかった。寂しかったです」
裏社会というサバンナで唯一牙を見せなくていい、この人の前では強がらなくていい、そう思える人間がいるということは一種の幸福てあるのかもしれない。
ふわり、紺野が柔和な眼差しで微笑んだ。
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