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9. 告白
翌週の日曜日にあの人の家を訪ねた。
おれだけ日本に残るかどうかの結論は、出ないままだった。おれが今まで父に強くものを言ったことがなかったから、父は驚いていたし戸惑ってもいた。
お母さんは静かだった。でも俺を見たときの顔は微笑んでいた。昔みたいに申し訳なさそうではなかったから、少しほっとした。お母さんを困らせたくない。
インターホンを押すと、今日も確認せずにドアが開く。
「入れ」
顔を見て言われ部屋に上がったけれど、そこから先には進めずに立っていた。
「どうした」
リビングに入ってこないおれの近くまで戻ってくる。この人をだいじにしたいけれど、どうすればいいかわからない。
だから大切に名前を呼んだ。
「早瀬」
まっすぐに見上げるおれを黙って見ている。
「早瀬が、ずっとおれの心をだいじにしてくれたから、おれが訊いてもちゃんとひとつひとつ答えてくれるから、苦しかったときも受けとめてくれたから、早瀬が好きだ」
泣いてしまう。
「おれのこと、好きになって」
声が消え入りそうになる。零れた涙を手で拭おうとしたら、頬に触れる手があった。目尻のそばに口づけを落とされる。
「もうなっている」
穏やかな声で言われた。
「……なんで」
呆気にとられてかすれた声になる。
「俺を一心に慕ってくるから。まっすぐに見つめてくるから。いろいろ訊いてくるから。かわいいと思う。笑うところも好きだ。楓が近くにいると心地いい。楓がいないとさびしい。まだ足りないか」
顔に熱が集まる。顔が赤くなっていると自分でわかる。心臓の鼓動が速まる。
「ちゃんと足りた……」
「抱きしめてもいいか」
「うん」
うなずくと柔らかく抱きしめられた。温かくて安心する。
「おれのこと、飼い犬とか小さい子どもみたいに思ってたんじゃないの?」
まだ半ば信じられなくて、おさまった腕の中から見上げて訊く。
「俺には楓がいればいいと言っただろう。幼い子どもと思ったことはない。楓は楓だと思っていた」
頭を撫でられる。うれしいけれど少し恥ずかしい。この人は犬や子どもではなく、おれを見ている。
「おれも早瀬を大人だと思ったことはあんまりない。早瀬は早瀬だと思ってた」
気になることはもうひとつ。
「おれのこと好きって、なんで言わなかったの?」
「おまえが同年代のだれかを好きになるなら、それでいいと思っていた。おまえが大人になってもだれも好きでなければ、そのときに言えばいいと思った」
その答えには不満があった。冷静にほかのだれかのことなんて考えないでほしい。
顔に出ていたのか、今度は頬に口づけが落ちる。気持ちが和らぐ。
「大人って何歳?」
「二十歳」
気が長すぎると思う。
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