失われた王女

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 とその時、グゥという奇妙な音がひかるの体から聞こえた。咄嗟にお腹を抑えたが、みぞおちから振動音が鳴り止まない。思えば、夕飯をすっかり食べ損ねている。  ゼノは顔を夜空へ向け、ぶつぶつ吐露し始めた。 「姫を見つけ出せたのだからよかったものの、喪失した記憶の範囲も不明瞭なままで強引に帰還しては、混乱を大きくするかもしれない……」  にわかに天空を睨んだゼノは、顔を下ろすと顎に手を当てて続けた。 「さて、ゲートをあとどれくらい維持できるだろうか。せいぜい三日が限界か」 「ゲートって?」 「アルナリエへ帰還するためのゲートだよ」 「ちょっと待って。そんなの無理に決まってる。家族や友達になんて説明すればいいの? 学校だってある」 「心配しないで。この世界から脱出すれば、今のあなたを知る人々の日常は変化する。永原ひかるという人物は存在しなかったことになる」  会話は思わぬ方向へ流れている。空腹も吹き飛び、ひかるは難儀した。  ゼノはひかるが理解できるように説明してくれた。ひかるがルシル王女のいた世界へ戻った後、持橋町のあるこの世界では何が起こるのか。  両親には別の子供がいて、何事もなく人生を送ることになる。学校にひかるの席はなく、友人は平然と別の交友関係を築いているのだ。それが、先ほど述べた「永原ひかるという人物は存在しなかったことになる」という意味であると。 (私がいなくなっても誰も困らないってこと? もしかしたら、お母さんだって……) 「もういや、頭が痛くなってきた」  アスファルトにへたり込んだまま、ひかるは額を押さえて俯いた。涙の一滴が頬を伝い、地面に染み込む。  正直なところ、ひかるには心当たりがある。ゼノの話を聞いて、認めたくないが気づきつつある自分がいた。ずっと見ていた夢の中の女性は、さっき鏡に映った自分と同じだったのだ。 
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