ルシルのオトラ

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ルシルのオトラ

 群衆が舞姫を食い入るように見つめている。手首と腰に巻かれた紐のような布が回転しゆらめいた。楚々とした躍動感は筆舌に尽くしがたい。髪飾りはシャラランと軽やかで、神秘的な音色を発していた。  白い衣に紫の糸で刺繍された草花の模様は実に秀逸である。踊り子は衣装に引けを取らない可憐な娘だった。 『姫の舞は他の追随を許さない美しさだ』 『細い体で、どうしてあれほどしなやかに動けるのかしら』  王侯貴族のみならず、民衆も観覧する式典で披露された舞に惜しみない喝采が送られた。  大団円を迎えてお辞儀をした姫の紫眼は、密かにある人を探している。貴族や王子たちを横目に、視線の先には黒い軍服の青年がいた。  王族を代表し、国中の人々に捧げられる姫の舞は特別な意味を持つ。祖国の安寧を願う神聖な貢ぎ物なのだ。  そのような重大な舞台の開幕直前のことである。王子に見送られる際、黒服の青年に彼女は耳打ちした。 『今日は貴方のために踊ります』  青年はやや面食らった。姫は愛嬌たっぷりにこう言って別れを告げた。    ——夜宴を抜け出すから、あの場所で待っていて。大事な話があるの。   ◇     目を開けると、いつもと変わらぬ天井と蛍光灯が見えた。アラームクロックに手がすぐ届かない。せかす音に引っ張られて、やおら起き上がる。  今朝もルシル王女の夢を見ていた。舞を踊る姿を見たのは初めてだったが、全てが優雅な光景だった。アルナリエ王国というのは平和で、芳醇な文化に恵まれ、姫は民からも愛されているようである。  ひかるは目覚めてから、あることについて囚われ続けた。 「あの人は誰なんだろう?」  
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