ルシルのオトラ

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 正確にいえば、あの黒服の青年はルシルにとってなんなのか? という疑問である。その夢の中で彼女が言った、「あの場所」とか、「大事な話」というのが気になって仕方がない。肝心なところで起床したと落胆した矢先、ひかるは勢いよくベットから降りた。 「学校遅れる!」  洗面所の鏡を眺めながら、昨夜の興奮がじんわり身体中に残っているのを感じていた。夕飯が遅くなったせいで、今朝はあまり食欲がない。父が帰宅したのは深夜だったようである。出勤は午後からだそうで、顔を合わせることがなかった。牛乳を切らしていることをメモに残し登校する。    歩きながらも、バスの中でも、ひかるはずっとゼノの気配を探した。「姿を変えて会いに行く」と言っていた。どんなふうに姿を現すのだろう。見知らぬ人が声をかけてきたら、彼かもしれない。  しかし通学路で呼び止められることはなく、もしや生徒に扮して校内にいるのでは? と気もそぞろだった。  つつがなく平常の一日は流れて、遂に放課後になってもゼノは現れなかった。  帰宅途中、バス停から歩いてもう自宅が目と鼻の先というところで、ひかるはふと足を止めた。 『——ルシル』   今確かに声が聞こえた。思わず左右を見回したが人影はない。するとその時、前方の遠くから何か白く小さな物体が高速で向かってくるのに気がついた。その白い生き物は、風を切って頭上を通り越す。旋回して再び近くに戻ってきた。 「……ゼノ?」  鳩より少し小さな白い鳥が、翼を羽ばたかせて眼前に浮遊している。  思わずひかるは両手を伸ばす。小さな鳥は手の甲へそっと降りてきた。強い緑色を帯びた目が瞬く。 (まさか鳥になって現れるなんて……)  大蛇に襲われ、空高くジャンプして、テレポートした昨夜のことを思えば、今こうして鳥と言葉を交わすことも驚くにはあたらない。 「ゼノ、家まで送ってくれてありがとう。でもやっぱり信じられなくて。本当は全部夢だったんじゃないかって一日中考えてたよ」 「夢ではない。僕と会話した記憶はちゃんとあるよね?」 「大丈夫、覚えてる」 「じゃあ、続きを話そう」  そう言われて、ひかるは白鳥を抱え家に入った。
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