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振り返れば夕方、自室でゼノから話を聞いて、ひかるはあるお願いをしたのである。それは夜になったら外へ連れ出し、ディーに合わせて欲しいというお願いだ。ひかるはどうしても彼と二人で話がしてみたかった。
何から口にすれば良いかわからなかったが、まずもって伝えたかったことを言った。
「ごめんなさい。私のせいで貴方は酷い目にあった。貴方の自由と人生を奪ってしまった」
「私はルシルのためにあります」
ディーは即座に言い返した。迷いのない低い声に、ひかるはおぼろげな懐かしさを抱く。そして彼には異議を唱えたかった。
「違うよ。そんなのおかしいよ」
ひかるの声は震えている。話そうとすると喉の奥が痛い。耐えながら言葉を吐き出した。
「貴方は自分のために生きなきゃ。そうじゃないと自由にはなれないから。貴方も、私も、自由になれないから」
言いかけた瞬間、涙が溢れた。流れ落ちた軌跡を手で拭う。ひかるの声は益々くぐもってゆく。
「辛いことがあった人には自由が必要なんだよ。でも、それは辛い過去から自由になるためじゃない。 だって、辛ければ辛いほど過去は追いかけてくるから」
なぜ自分が泣いているのか理解できないまま、止まることもままならず、ひかるは潰れそうな声で言った。
「過去からは逃げられないから。その分、未来を生きるための自由がいるんだよ」
それを聞いたディーは、ほんの少し目を細めた。薄目で潤んだひかるの瞳をじっと見つめている。そうかと思えば、突然口を開き、静かな声で話し始めた。
「……あの時、ルナノーヴァで反乱が起きた時、私はルシルを守ろうと戦いました。けれどそれは間違いだった」
「間違い、どうして?」
「ルシルは人が人を斬り、斬られる所を見たことがなかったのです。返り血を浴び、血塗られた剣を持つ私を見たあなたは……」
——殺戮の大広間、立ちこめる死のにおい。姫は黒服の守護剣士に慄然した。そして言った。
『いや、来ないで』
「私はルシルを怖がらせてしまった。両陛下を目の前で殺され、悲嘆するあなたの心を置き去りにして。それどころか、さらなる恐怖心をもたらしてしまった。そしてあなたを失った」
ディーが「失った」と言って、ひかるは神妙な面持ちになった。脳裏に失われた記憶の断片が鮮明によみがえったのである。まさにその時、自分はこの世界に逃避してきたのだと強く確信した。
何もかもは思い出せないが、ルシルの気持ちがまるで自分のことのようにわかった。王女の悲しみが生々しく胸を打つ。そうなると心臓が苦しくなり、呼吸が浅くなった。ひかるは涙を拭ったが、頭を下げたまま言葉が出てこない。
すると急に前方が影で暗くなった。顔を上げるとディーがいて、彼は優しく呟いた。
「俯かないで」
その言葉を聞くと、ひかるは目を見開いた。前にもこんなことがあった。そう思った瞬間、風景が走馬灯のように駆け巡る。
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