思慕と追憶

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思慕と追憶

 ひかるは自分がなぜ泣いているのか、やっとわかった。泣いているのは、自分の中のルシルなのだと。顔を上げて言う。 「思い出したよ、あの夜のこと。私の十五の誕生日」  それを聞いたディーの瞳孔が微かに開いた。同時に少し眉をひそめ、それはどこか憂いに似た顔つきである。しかし、ひかるは彼の表情の変化を見ていなかった。 「私、あれからお父様に話したの。ディーを慕っているから名家の方とは婚約はしないって。そうしたらお父様は『わかった』って……」  ひかるはどこにも焦点が合っていないような目で、懸命に記憶をたぐり寄せようとする。 「守護官とは結婚できないって周りは決めつけていたけど、そんなしきたりはなかった。お母様は『王室に新しい風を吹かせてもいい』って私に言ってくれた……でもそれからディーの姿を見かけなくなって……それから、それから」  刹那のことだったが、その時ズキンと打たれたような頭痛がした。思わずひかるは額を触る。ディーは口を挟まず、記憶を取り戻そうとするひかるをただ静かに見つめていた。 「ある日、なんの前触れもなく『彼は死んだ』と告げられて。私は泣いて......王女の守護官として貴方が現れた時、頭の中が真っ白になった。私はお父様に問いただしたの、そうしたら……」  魔術によって人工オトラを移植されたディーは、死から生き返る代償として人間らしさを失った。とりわけ感情の動きが著しく乏しい。感性が欠落しているせいで、表情は微動だにしなかった。 「お父様が恐ろしくなったの。信じることができなくなった」
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