思慕と追憶

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 そこまで言ってひかるは言葉を止めた。肩を縮めながら両肘を抱く。もうこれ以上思い出したくないという忌避感で目がこわばっていた。 「辛い過去を無理に掘り起こす必要はありません。少なくとも、あなたには時間が必要です」  ひかるのまつげが震えた。ゆっくりと視線を上げると、ディーの黒目と重なり合う。彼は粛々と言った。 「ただ願わくは、幸せであった瞬間が確かにあることを、心に留めておいてほしいのです」  ディーの声はひかるの嗚咽を誘った。耳に届く一言一句に愛しさを感じているのに、同時に深い悲しみに心を塞ぎ込んでいるような矛盾を抱く。ひかるのその悲しみは、グレン王が取り返しのつかないことをしたことへの失望からくるものだった。  ところが、ひかるの王に対する反感とは裏腹にディーはこう言った。 「陛下から命を受けた時、私には迷いも恐れもなかった。あなたと共に生きられなくとも、あなたが生きていくのを一番近くで守ることができる。あなたの守護官となることは私の意志でもあったのです」  依然としてディーは淡々と話をした。ただ、言葉運びは穏やかで、早すぎず遅すぎない。まるでひかるの心に染み込ませるような口ぶりだった。自分がとても大切にされているような気持ちになる。彼の表情はほとんど変わらないが、ひかるは紛れもなく感情を読み取ることができた。 「私、ルシルとしてもう一度自分と向き合いたい。過去からも未来からも、もう逃げたくない」  ひかるはディーを見つめ、真剣な顔つきで言った。 「私のいるべき所はここじゃない。だから行かなくちゃ」  自分に言い聞かせるように呟き、手のひらをぎゅっと握りしめた。アルナリエに連れて行ってほしい、と言おうとしたその時だった。
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