思慕と追憶

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 そこには、黒髪を後ろで結んだ背の高い美しい青年が立っていた。黒い外套とブーツを履き、腰には細い長剣を下げている。  ひかるの顔は一気に歪み、それまでの我慢が崩壊したように涙を流した。 「一人になってしまったのかと思った」  両手で顔全体を覆って、ひかるは真下を向いた。 「彼らはどうなったの?」  襲ってきた刺客について尋ねた。顔を隠して俯いたまま話すひかるに、ディーは淡々と答える。 「ヘルブライトを打ってから、ゼノの考えであなたをこの空間に避難させました。ここは安全です」  要は、持橋町の一部を模した空間に、ひかるはディーと二人きりでいるということらしい。  頭を上げたひかるは、「怪我してない?」と小声を落とす。ディーは静かに首を横に振って答えた。  返事を受け取り、深く息を吐いたひかるは、一変して機関銃の勢いでディーに詰め寄る。 「あの時、私の気を失わせたでしょ。ひどいよ。敵が何人もいたんだよ!? 一人で戦って、死んじゃったらどうするの!?」  とはいえ、ひかるは戦力にならないどころかむしろお荷物になる。それにあの冷静さからして、ディーは彼女を抱きかかえたまま刺客を瞬殺したに違いない。 「……ルシル」  間近にディーの声が聞こえて我に返った。興奮のあまり彼の服にしがみついている。そして彼は、この状況にどう対処すればいいかわからないと言わんばかりに棒立ちしていた。 「ああ、ごめん」  謝りつつ彼から離れると、ひかるは口を尖らせた。 「だって色々、びっくりしたんだもん」  プクッとふくれっ面になりながらディーに目をやると、彼は静かな眼差しでこちらを眺めていた。今、一瞬笑ったような気がする。そう思いながらも、ひかるはあえてそれについて触れないようにした。 「私はいつまでここにいればいいの?」  質問すると、ディーは即座に答えた。 「ゼノは今、ゲートを開く準備をしている。彼はこのまま、アルナリエへ帰還するつもりです」  それを聞いたひかるは顔を正し、重ねて質問した。 「もう待てないの?」 「ルシルを追ってこの世界に入ってから、ゼノはゲートを保守し続けている。彼の魔法は強力ですが長居は禁物です」  話によると、そのゲートはかなり大がかりな魔法で起動する代物なのだとか。  早急に帰還すること——それはゼノの願いだった。魔力が枯渇すれば、一旦アルナリエに引き返さざるを得ない。そして持橋町に再来するためには、術式の演算を見直したり、呪文を練り直すなどの苦労がつきないのである。つまるところ、彼は飄々としていたが、その実、危うい賭けに身を投じていた。 「わかった。本当はね、もう戻れない気がしてたんだ、永原ひかるに」 まさかそんな言葉を口にするとは、ひかる自身、夢にも思わなかった。  
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