さよならの向こうへ

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 ちょうどその時、ゼノがさりげなく咳払いした。彼を透明人間にしてしまったことに気づき、ばつが悪くなる。 「ごめん。もういいです、ゼノ。待っていてくれてありがとう」 「しょうがないよ」  ゼノは軽く言い返した。いつのまにか彼は、上質な紺色の生地で仕立てたフード付きの外套を持っている。 「これを着て。ルシルを守ってくれる。姫の光は闇の中でとても目立つんだ」 「わかった」  ルシルはマントを受け取り、袖を通した。うっかり下がった肩をディーは静かに整える。 「ありがとう、ディー」  お礼を述べると、彼は無言で少し後ろに下がった。 「始めよう」  ゼノが合図する。彼が異言語で詠唱すると、開いた手のひらから徐々に光が生じ、やがて身の丈ほどある長い杖が現れた。細長い棒の先端には緻密な装飾がついている。ルシルにはそれが羽根のついた三日月のように見えた。 「すごい、ゼノ」  ルシルは感嘆する。ゼノはあきれたように眉を高くする。 「僕を誰だと思ってるの? シンンクレア家の当主後継者として、ゆりかごの中にいる時から教育を受けてきたんだよ」  ゼノにそう言われ、ルシルは小首をひねる。考えあぐねていると、そばにいたディーが助け舟を出してくれた。 「シンクレア一族は、古くからアルナリエ王家と親交の深い魔族の名家です。国王から上級神官の位を授かっています」  ディーの説明にルシルは頷く。記憶を失う前なら周知のことだったはずだが、今の彼女は瞠目するしかなかった。  
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