新月の再会

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「すいません、人違いです。私、早く帰らないと」  ひかるがそう言うと彼は言葉を遮り、彼女の背中に手を回して自分の近くに引き寄せた。 「あのっ」と驚きのあまり声がうわずる。  青年を至近距離で見ると、切れ長の瞳がなんとも妖艶な雰囲気を漂わせていた。やはり美貌の持ち主である。  するとその時、どこからともなく声が聞こえてきた。 『ディー、下だ。ヘルブライトが来るよ。三人』  同じく低めの美声だったが、そこはかとなく華やかさがある。「下だ」と言われて、青年の黒目は真下に向いた。  まもなく二人の足元にあの円が再び現れた。赤黒い光を放ちながらグルグルと回転する。それを見た彼は、躊躇せずひかるの背中と膝裏をかかえて抱き上げた。 「えっ、ちょっと」  戸惑うひかるの体は舞い上がる。二人は吊り上げられたように勢いよく真上に飛んだ。青年はビルの屋上に降り立つ。なんと彼は、衝撃を受けた様子もなく、コンクリートの上に着地したのである。  青年はひかるをそっと下ろした。  持橋町の夜景と港の方角に黒い海が見える。高所のせいか風がいくぶん強い。 「ここ一帯がヘルブライトの支配域に入っているね。始末しないと彼らが張った境界から出られない」  背後から声がして振り向くと、いつのまにもう一人いた。フードのついた丈の長いマントを羽織っている。二重回しのデザインで、白い生地に金色の糸で模様が刺繍されていた。二十歳前後の若者で、切り揃った前髪にキリッとした深緑色の双眸が聡明さを印象づけている。腰まである銀髪を一本の三つ編みにして結っていた。 「姫のことは僕に任せて」  微笑みながら黒服の青年にそう言った。ひかるは先刻聞こえた声の主がこの人物だとわかり、同時に男性だとみなした。 「ルシルは記憶を失くしたかもしれない」  青年は銀髪の彼にそう言い残し、一瞬にして姿を消した。
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