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新月の再会
凪いだ港から光芒が放たれた。青白い輝きは海面を漂う。
波紋を描きながら海水が吹き上げ、銀色のゲートがその姿を現した。表面は滑らかに光沢を帯び、重力を凌駕しながら水しぶきを上げ、高く垂直に伸びてゆく。
絹織物の白い上着には、紫の刺繍があしらわれていた。長い髪は美しい白金色で、夜空へ差し伸べた手は透き通るような肌だった。
ゲートの向こうにどんな景色が待っているのか、想像もつかない。
覚悟を決めて、前を向いた。
一歩踏み出す前に、たったひとつだけ言い残して。
『さよなら、ひかる』
◇
リネンからぬくっと、頼りない腕がひらりと舞う。目覚まし時計の音が耳をつんざいた。アラームクロックを叩く手は、三発目で命中する。
時刻は午前六時五十分で、日付は九月三日だ。
時計やカレンダーを見なくともわかる。ここが持橋町二丁目の自宅自室だということも。けれども、眠りの中で見た情景については一つも理解できない。
「……また、あの夢」
ひかるは目をこすりながら、あくびを漏らした。近頃、頻繁に同じ夢ばかり見る。
星が燦々と輝く夜、海の中から見たことのない門が突如現れて、自分は全然違う容姿になっているのだ。ひかるは夢の中の女性を自分だと認識している。根拠のないこととはいえ、直感的にそう思えたし、彼女自身の声だったからだ。
「『さよなら』って、なんで自分に向かって言ってるんだろう……やばい、遅刻する」
物思いに耽っている場合ではないことに気がついて起き上がった。ベッドからジャンプして大慌てで部屋を飛び出す。ボブヘアは寝癖がついていた。
リビングには父の書き置きがあった。
【いってらっしゃい! 今夜はごめんな!】
出勤時、思い出したように殴り書きする姿がありありと浮かぶ。納期の迫っている仕事があるらしく、数日前からかなり焦っていた。
ひかるは、キャビネットの上に飾られた写真に顔を向ける。穏やかに微笑む女性に、おはようと唇を動かした。
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