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第2話 婚活は茨の道
初めての婚活舞踏会、率直に言えば、マリアンヌは大失敗だった。
誰1人、マリアンヌと踊ってくれる男性はいなかったのだ。
シュヴァリエ家が統治するデルヴォー領は、冬場の観光が収入源と言っても過言ではないくらいに、冬場のスキー客以外、他領の人を見かけることはなかった。そして、今は閑散期の夏だ。
よって、マリアンヌは、自分が社交界で何と言われているのか、知る由もなかった。
デルヴォー女伯爵は、闇市に出入りしていて、そこで気に入った奴隷を、安く買いたたいてる。邸宅の地下には拷問部屋があり、買ってきた奴隷を、虐待し殺害するといった、醜悪な趣味を楽しんでいる極悪非道の悪女。
そんなふうに噂されている理由は、マリアンヌの叔父であるシュヴァリエ男爵が、故意についた嘘のせいだった。
なぜそんな嘘をつくのか、それは、自分の息子ベルナールに、伯爵位を継承させたいからだ。マリアンヌと結婚すれば、簡単に爵位を継承できる。そのためには、マリアンヌを他の男から遠ざけ、成婚を阻み、孤立させる必要があった。
どうして女は、結婚したら爵位を夫に譲らなければならないのかと、マリアンヌは腹を立てた。
北部には、既に男爵の手が回ってしまっているが、王都ならば男爵も影響を及ぼせないだろうとマリアンヌは考え、より良い相手を見つけるために王都まで、馬車に揺られて上京した。
マリアンヌは馬車を降りながら、侍女のクロエに訊いた。
「クロエ、私のドレスどう?おかしなところない?」
「めちゃくちゃ綺麗です。こんな美人さんなら、王都の男たちが、ほっときませんよ」
「ありがとう。私、頑張ってくるわ。今日こそ、素敵な男性を見つけてくるからね」
マリアンヌは婚活という名の決戦に、勢い込んで出陣した。
マリアンヌが会場に足を踏み入れた途端「見て、あれ、噂の悪女よ」や「恥ずくかしくないのかしらね。おばさんが婚活だなんて」といった声が聞こえてきた。
噂話は、醜聞であればあるほど、人々の興味や関心をあおり、あっという間に広まってしまうものなのだと、マリアンヌは痛感した。
泣きたくなったが、デルヴォー領の安寧のためなのだから、こんなことで逃げてはいけないのだと自分に言い聞かせた。それに、領地の屋敷で吉報を、首を長くして待ってくれている使用人たちの期待を裏切ってはいけないと思って、容姿、家柄、財産に関係なく、ダンスを申し込んだ——マリアンヌは、伯爵を継承しているので、当然、保護者の許可なくダンスを申し込める——
「デルヴォー女伯、そんなにダンスがしたいなら、ベルナールが相手をするぞ」叔父のシュヴァリエは、誰からもダンスに応じてもらえない、哀れなマリアンヌを嘲笑うように声をかけた。
「叔父様、お心遣い感謝します。ですが、ここへは、未来の旦那様を探しに来ています。従兄弟とダンスをしていては、目的を叶えることができませんでしょう?」
「それならば、何の問題もないではないか。ノワイユ国憲法では、兄弟間の結婚こそ認めていないが、従兄弟との結婚は認めている。ベルナールがデルヴォー伯爵を継承できれば、一族の財産を流失させなくてすむのだから、断る理由はないだろう?」
「そうでしょうか?ベルナールに財産の管理ができるとは思えないのですが?」
先日16歳になったばかりのベルナールは、この舞踏会のルールを、知って知らでか、令嬢や付き添いの保護者たちから、冷たい視線を向けられているにも関わらず、ヘラヘラと笑いながら、だれかれ構わず手当たり次第ちょっかいをかけている。そのうち会場から追い出されるだろう。
頭は張りぼてのようだが、メンタルだけは鋼のようだと思い、マリアンヌは嘲笑った。
兄である先代伯爵が、娘に要らぬ教育をさせたせいで、生意気になってしまったと、シュヴァリエは口を歪めて憎らしく思った。
「管理などは、他の者に任せればいいではないか、そのための家僕だろう?亡くなった兄も、君とベルナールの結婚を喜んでくれると思うが、何がそんなに嫌なんだ?」
マリアンヌは、貴族としての本分や責務を考えることもできない、浅薄な従兄弟と結婚する気など、さらさらなかった。
「デルヴォー女伯として、領地のことを最優先しなければなりません。より良い縁談を纏めることが、私に課せられた使命だと承知しております」マリアンヌはにっこりと笑った。「叔父であるシュヴァリエ男爵が、デルヴォー領のために、手を尽くしてくださると信じていますよ」
「女はな、可愛く笑って男を喜ばせていれば、養ってもらえるんだ。それなのに、女伯などと名乗っているから、貰い手がないのだぞ。まあ、今更何をしたところで手遅れだがな。悪い噂のあるお前なんかと、結婚したがる男などいないさ。私が好意的に接しているうちに、提案を受け入れておいた方が、身のためだと思うがな」
シュヴァリエは、不敵にニヤリと笑って立ち去った。
皆から白い目で見られ、落ち込んだマリアンヌは、パーティー会場から少し離れたところで、休憩することにした。
先ほどの叔父の言葉が気にかかった。婚約者が見つからなければ、強制的に既成事実を作ろうと、画策するかもしれない。身の危険を感じたマリアンヌは体を震わせた。
王都まで出て来たが、結局今回も全戦全敗だった。このまま、生涯独身なのではないかと思うと、頭が痛くなった。
それでも、ベルナールとは結婚できない。シュヴァリエ男爵も、ベルナールも、贅沢をすることしか考えていない。
デルヴォー伯爵領は、マリアンヌの父が始めた福祉改革が、ようやく実を結び、他領に肩を並べられくらいになってきた。その矢先、もしも、ベルナールが領主になれば、父の意思を継いで、推し進めてきた福祉事業は頓挫し、領民たちは、重税を課せられ苦しめられるだろう。
マリアンヌは、誰からも相手にされないこと、自分を信じてくれている人たちの気持ちを、踏みにじっていることが悔しくて。涙が流れた。
人の目につかないように、隠れて泣いた。
「ご令嬢、大丈夫ですか?」
誰もいないと思っていた庭園の影から声をかけられて、びっくりしたマリアンヌは飛び上がった。
「私はクリストフ・ノサックです。すいません。驚かせてしまったようですね。お許しください。女性が、こんな暗がりに1人でいては、危ないと思い、声をかけてしまいました」
マリアンヌは、涙を拭って、礼儀正しく挨拶した。
「ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。私はマリアンヌ・シュヴァリエと申します。リュクサンブール大公殿下に、ご挨拶させていだだき、望外の喜びでございます」マリアンヌは深々と頭を下げ、敬意を表した。
「そんなに畏まらないでください。ここへは、お互い結婚相手を探しに来た、若い女と、若い男。爵位は関係ありません」
「お心遣い感謝いたします」マリアンヌは、クリストフの穏やかな笑顔につられて、にっこりと微笑んだ。
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