第5話 初めての

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第5話 初めての

 古いが趣きのある、王都のシュヴァリエ家別邸に帰ってきたマリアンヌは、クリストフに抱えられて馬車から降ろされた。  それを見ていた使用人たちは、口をあんぐりと開けて目を丸くした。 「まあまあ、いったい何があったの?マリア、あなた泥だらけじゃない」驚いたジャンヌは慌てて駆け寄ってきた。 「ごめんなさい。転んでしまったの。みんなが選んでくれたのに、ドレスをダメにしてしまったわ」 「そんなことは、どうでもいいのよ。怪我 はない?」 「ええ、私は大丈夫よ。ジャンヌ、こちらリュクサンブール大公殿下よ。彼のお召し物が、私のせいで、汚れてしまったの、着替えを用意してちょうだい」 「あらあら、大変!すぐにご用意いたします。クロエ、マリアのお着替えをお願いね、それから、エミリー、シェフにディナーの用意をするよう伝えてちょうだい。大公殿下、お食事の前に、美味しい紅茶と軽食のご用意を——紅茶よりも、お酒の方がよろしいかしら?本日は、お泊まりになるのでしょう?」 「ジャンヌ、落ち着きなさい」トリスタンがジャンヌを窘めた。 「だってあなた、マリアが初めて男性を連れてきたんだもの、嬉しくなっちゃうじゃない」  マリアンヌは顔を真っ赤にして言った。「ジャンヌ、やめてよもー。そんなんじゃないわ。大公殿下は私を助けてくださっただけよ」  クリストフは何がどうなっているのか分からず戸惑った。「あのー、これはいったい?」  抱きかかえられながら、クリストフをほったらかしにしてしまったことに気づいて、マリアンヌは青ざめた。 「申し訳ありません。無礼な態度をとってしまいました。あの、そろそろ下ろしていただけませんか?」 「ああ、はい」  ようやく地面に下りることができて、マリアンヌは胸を撫で下ろした。 「すみません。紹介が遅くなりました。こちらは執事のトリスタン・サン=シール。そして、彼女は侍女長のジャンヌ・サン=シールです。両親を早くに亡くした私にとって、彼らは家族のような存在なのです」 「そうでしたか、仲が良いようで、羨ましいです。私に親しく話しかけてくれる使用人は、いませんから」 「うちはいつも、こんな感じなんですよ。マリア様が堅苦しいのを嫌うので」クロエが言った。 「クロエ!前から言っているでしょう。気安く声をかけちゃいけません!」 「ごめんなさい」クロエはマリアンヌに怒られてしゅんとした。 「構わないよ。可愛い侍女さんだ。歳はいくつ?」クリストフが訊いた。  クロエはマリアンヌの顔を見て、答えて良いものか思案した。 「聞かれたときは、素直にお答えして」マリアンヌが小声で言った。 「12歳です」 「そうか、見習い侍女さんだね。頑張って」 「ありがとうございます!」クロエは嬉しくなって元気よく言った。 「大公殿下、客室にご案内いたします」トリスタンが言った。 「ありがとう。それではマリアンヌ嬢、またあとで」クリストフはにっこりと笑った。  マリアンヌは、歩き去るクリストフの背中を見送った。 「顔が赤いわよ」ジャンヌがマリアンヌをからかうように言った。 「もう!ジャンヌ!」 「大公国の君主で、優しくて、背が高くて、髪の毛なんて、とっても柔らかそうだし、それにあの笑顔!蕩けちゃう!って思ってますよね。顔に書いてありますよー」クロエもマリアンヌをからかうように言った。 「2人とも、私をからかうのはやめて!着替えを手伝ってちょうだい」  ジャンヌとクロエは、くすくすと笑いながらマリアンヌについて行った。
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