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君が誕生日プレゼントにくれたのは、どういうわけか「御朱印帳」だった。
水色の着物のような生地に、キティちゃんの柄。確かに可愛いけれど、そんな熱心にお詣りするほどわたし、信心深くないし。
爪にキラキラした水色のネイルをしたり、まつ毛にマスカラをたっぷり塗ったり。そんな毎日だった。わたしは茶髪だったけれど、口うるさい親の許しが出れば、ピンクにでも水色にでも、せめて金髪に髪を染めたかった。
君は短い黒髪で、授業の時は水色のメガネをかけている。水色が好き、というだけがわたしたちの共通点だった。君はピンクや金色なんて好きじゃないだろうし、そう思えば、共通点なんて「ない」ようなものだった。
「浅草寺に行こうよ」
君はある日、そんなことをわたしに言った。わたしが御朱印帳をもらったのは一週間前の水曜日。どこにしまったっけ? 持っていかないとまずいよね。カバンの中や部屋の中。あちこち探して、どういうわけか中学校の卒業アルバムの下にあった時は、脱力してしまった。
卒業アルバムに映るわたしを見てみた。わたしが一番嫌いな、こけしみたいな黒髪の「わたし」。分厚くてダサい水色のメガネをかけている。同じメガネ姿でも、優等生の君のようなシャープな知性が微塵もない、どんよりしたわたし。でも、成績はそこそこ良かったから、この高校に推薦で受かった。
そこから、推薦したのが恥ずかしいと中学校側に泣かれるような、でもわたしには眩い日々の始まりだった。
髪を茶髪に。目にはコンタクトを。眉毛を整えて、まつ毛にボリュームを出す。
高校二年生になったわたしは、鏡に映るリカちゃん人形みたいなわたしに惚れ込んでいる。
浅草かあ。行ってもいいんだけどさ。
君は私服もかっちりしている。どこか別の高校の制服みたいな、エンジ色のジャケット姿。わたしは黒いワンピース。水色の蜻蛉玉(とんぼだま)ネックレスを首にしてることに、君が気づけばいいけれど。
「御朱印帳、押しに行こうか」
君は社務所を指さす。慣れているんだろうな。
「何個くらい押したの?」
ボロボロになっている、水色の御朱印帳を見て、聞いてみることにした。
「まだ十個くらい。でも常に携帯してるよ。学校の時も持ってるから、ボロボロになってひどいよな」
君はそう言って笑う。世界の誰よりも可愛い。子犬を見たように胸がキュンとして、わたしは立ち止まる。
「えりかは優しいよ」
君は言って、私を見た。
「俺といてくれて楽しかった。でも、俺といたら迷惑だろ? 告白なんてして悪かった。えりかはさ、蝶のように羽ばたいていいんだぞ」
「だめだよ。春野くんのそばにいるよ」
うろたえる。わたしは真面目じゃないけれど、お寺にだって君となら行ける。君のいる世界が、新しい世界がひらけるのが好きだから。
君は、春野くんは子犬のように笑う。わたしは落ち着きを取り戻した。
「でもさあ。学校では内緒だよ」
そう言って、手を差し出す。結ばれた手は恋人つなぎ。
「あの出店で、チョコバナナ食べよ」
小さなわがままで、君を笑顔にできるなら。
蝶は春が好きだから、君のそばにいるよ。
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