【いつか訪れる日のこと】

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【いつか訪れる日のこと】

とつぜん柏に押し倒され、菊は少し怪訝な表情を見せたが、あれよという間に着物を剥ぎ取られ、またあれよという間にペニスを突き入れられた。 菊は彼の衝動的なセックスが嫌いだが、もうすっかり諦めている。彼は若く精力に満ちているから仕方ない。枝のように枯れたこの身にうまそうにむしゃぶりつくサマを見ていると、力ではかなわない赤ん坊を相手にしているようで、いちいち抗うのも面倒になる。 だがうんざりした気持ちで抱かれても、このように激しく腰を振られると、菊は腰骨にまで響く甘美な衝撃のとりこになる。1分も突き続ければすっかり従順なメスの顔をして、身悶えて喘ぐことしかできない。やがて自分でも彼のさらなる激しさを求めるようになる。 「あう……うっ、んぅ……ダメ、そんなにしたら……ひっ……」 「いつもは生意気なことばかり言うくせに、こうして下の口をふさげばアッサリしおらしくなる。それがお前の唯一かわいいところだ。」 荒い息が耳にかかる。いきり勃って石のように硬くなった肉の棒が、菊の狭い胎内で猛り暴れまわっている。菊の右目できらきらと濡れる涙を舐め、左目の眼帯をはずすとそのまま白く濁った眼球にまで舌先を這わせた。菊がイヤがって顔をそむけると、頬に指を食い込ませて強引にこちらを向かせ、今度はペニスと同じように口腔内に深く舌を差し込んだ。 「ああ、菊、かわいいよ……お前のすべてが愛らしい。お前の身体はぜんぶ残さず俺のモノだ。」 身体を右にねじ曲げさせると、細い足首をつかんで高々と持ち上げ、亀頭の当たる角度を変えてまた腰を力強く振りたくる。触られてもいないのにツンと尖る桃色の小さな乳頭をつねるようにつまむと、菊の肉体はビクリと痙攣し青白い皮膚が粟立った。少し加虐的な気分で、緩めることなく膣の奥深くを攻め立てる。 もともと朝からこうしたい気分に駆られていたが、ふたりの仕事が休みの今日は、週に1度の買い出しの日で、朝市に間に合わぬからと急き立てられてし損ねたのだ。 だが市場で並んで買い物をしていたら、菊がよその男にやさしげに笑いかけたことがその劣情に拍車をかけた。当の菊はそんなことが原因だとは露ほども思っていない。ただ同じ魚屋の前で魚を選んでいたとなりの男と少しだけ話して、その過程で笑っただけだ。でも柏はそれがおもしろくない。菊はいつもつんと澄ましているクセに、いやに外ヅラがいいのも気にくわない。だがそんな子供じみた文句を言うとまた怒らせるのでグッとこらえ、悶々としながらかたわらで荷物を持たされていた。その溜まったものが朝から我慢していた欲求に連結して、買った食材が床に散らばるのも気にせず、帰るなり乱暴に菊を押し倒したのだ。 やがて、いつも以上に荒々しく自分を掻き回す夫のペニスに翻弄されながら、だんだんと膣奥の内臓の温度が上昇していくのを感じる。 「も……イク、イキそう……ああ、あっ……」 柏も横になり背後から菊の右足を抱えて深々と突いていたが、イクときの顔を見たくて再び正常位に戻した。 「あっ、あっ、イク、イクぅ…んっ…あああ!」 脚を大きく開き、背をのけぞらせてビクビクと痙攣する。柏の手首をぎゅっと力強くつかみ、快楽は頭のてっぺんから足の指の神経までを侵している。ふだんはシャンとしているが、反動のように快楽に堕ちやすい妻の淫乱な肉体が、柏は愛おしかった。 「やだ、や……待って、やめて……やめ……」 のしかかって、両腕を背中に回し、身動きも取れぬほど強く抱きしめる。そのまま射精に向けて腰を振り、菊の涙ながらの懇願もむなしく、絶頂の波が引いていない膣内をえぐるように犯した。いつか自分は菊のことを壊してしまう気がする。だがよその男に取られるくらいなら、自分で壊してしまいたい。 引き取り手のない、売れ残りのみじめな女。自分にはなぜ菊がさっさと売られていかなかったのか、甚だ謎だった。だが世間のまぬけな男どもの目には映らなかったのだ。あるいは菊が、売られていくのがいやで隠していたのかもしれない。さびしい男を惹きつける、深い愛情に満ちた右目の眼差し。暗く険しい色をしているのに、その瞳はめったに見れない星が無数に浮かぶ夜空のようだった。そして色気のない枝のような身体から匂い立つ色香や、芳醇なメスの匂い。誰もそれには気がついていなかった。ふだんは外ヅラのいい菊も、心を固く閉ざしたようにうつむいて正座をしているだけ。だが、それで良かったのだ。 「菊……お前は永ごう、俺だけのものだからな……」 ……勝手なことばかり言いやがって。歪んだ愛を押し付けられるのにはうんざりする。 そう思うのに、菊はどうにもこの男を憎めなかった。嫌いになったことも1度もない。あの日偶然目があっただけの男。すぐに目を逸らしたのに、彼はいったいこの目に何を見出したのだろう。 「お前、うちに来るか?」と聞かれたのには耳を疑った。だが何となくおもしろくなくて「行かないよ」と突っぱねたのに、彼はそれを見ておもしろそうに目を輝かせたのだ。そして、粗末だが彼にはなけなしの財で自分を買い、翌日から仕事を探し、さらに翌日からはその日暮らしをやめて本腰を入れて働くようになった。 毎日彼の親方のもとで懸命に修行をして、夜にはくたくたで帰ってくる。初めての賃金でようやくボロの服を新調するのかと思っていたら、彼は店に残りをツケてまで自分に良い着物を買ってくれた。それで3度目の給料日でそれを返済してから、寒くなる直前の4度目の給料日で、彼はやっと自分の新しい服を買ったのだ。 ここに暮らす女は、誰しもそういう愛情に縛られている。夫の身勝手なところや強引なところに辟易することがあっても、与えられた優しさが心に刻まれて、何度でも鮮明に思い起こしてしまうから、何をされても許せてしまうのだ。それが男のずるいところであり、女の弱いところだと思う。 「くっ…うぅ……」 うめきながら、菊の中に射精する。ビクビクと蠕動するペニスに連動するように、菊の膣もぐねぐねとうねりながら何度も締めつけた。ふたりが融合したように感じる瞬間。菊は柏の汗ばむ身体をぎゅっと抱きしめた。重いけれど、今はそれがちょうどよかった。ひたいにキスをされて、もう1度深く口付ける。ひとりで船には乗りたくないな、と心中で同時に思っていた。そのことをふたりとも口に出せぬまま、いずれ訪れる別れの日を静かに待っている。 別れは誰にも平等だ。例外はない。この世界で数え切れぬほど繰り返され、これからも永遠に続いていくこと。川を渡る舟の中、たくさんの人々の中に埋もれていても、その中に見知った人はない。ひとりきりで流されてきたように、海に出るときもまたひとりなのだ。 ー「平気だよ。まだまだずっと先のことだ。」 涼の中にひとしきり種を撒き散らし、すっきりした顔で樫が言う。涼はそのあっけらかんとした顔にためいきをついた。樫はまだベタベタとくっつきたがり、涼を抱き寄せてひたいや耳や頬に口付ける。 「僕が先に船に乗ったら、また新しいお嫁さんを買うんでしょ。」 「涼が先なわけないだろ。俺の方がずっと前からここにいるんだから。」 「たとえばの話だよ。」 「そんな無意味な話はやめようぜ。」 「じゃあ樫くんがいなくなったら、新しい旦那さんを作ってもいい?」 「俺がいなくなったら、むしろそうしてくれ。お前のことを大事にしてくれる俺みたいな旦那を見つけろよ。」 「………。」 「ここではそうして暮らしていくのがふつうだ。」 樫には涼が初めての妻ではない。樫より先にここに流れ着き、かつての夫が先に旅立っていったひとりの女と、彼女が船に乗る日までこの家で共に暮らしていたのだ。 「別れは嫌だからと、伴侶を作らず暮らす奴もいるけどな。同じような友達と寄り集まって気楽に暮らすんだ。」 「じゃあ僕もそうする。」 「涼は無理だろ。男のチンコがないと生きてけないんだから。俺が消えたら、すぐに俺のよりでかい奴を探すに決まってる。」 「もー、どうしていつもフザけるの?」 「フザけてねーよ。それでいいっつってんだ。お前は男に大事にされながら暮らすのが向いてる。寂しがり屋で、ガキみたいに甘えん坊なんだから。」 「樫くんしか好きじゃないよ。」 「そりゃありがとよ。俺も涼がいちばん好きだ。」 「バカ。」 「ありがとよ。」 樫のあたたかい胸に抱かれ、眠りにつく。この男とは、これからまだまだたくさんしたいことがある。すべてをやり尽くすまでに時間は足りるだろうか?雲ひとつない晴れの日を、あと何度共に迎えられるだろうか?彼は自分と別れてからも、この日々を覚えていてくれるだろうか? ずっと一緒にいると、時々ひとりよりもふたりでいる方が寂しくなる。船に乗れば、もう2度と会うことはない。ふたりのあいだには"終わりのとき"がいつか確実に訪れる。誰しも例外はない。 それを思うたび、いつも同時に不思議に思っていることがある。どうして自分は、まだ仲間の誰とも別れたことが無いのに、すでに別れの寂しさを知っているのだろう? 夢の中にいるときには、こんなふうに別れを恐れたりはしていない。もしかすると、夢の世界の自分は本当は別人なのかもしれない。 明日洗濯池で誰かに会えたら、そしてその人にも眠りの中の別世界があるのなら、その主役は本当に自分自身だと思っているのか、聞いてみよう。けれどこんなふうにうじうじと悩んでいることも、おそらく朝になればケロリと忘れてしまうのだ。あるいは今さえあればいいと開き直って、いつもの能天気な自分に戻っている。だが樫はそういうところが好きだと言ってくれるから、別にそれでも構わない。 今日もきっと夢を見るだろう。夢の世界は少しずつ広がっている。できることが段々と増え、新たな景色や出会う人も増えてきた。 だけど自分の知りたい答えを、夢は何ひとつ映し出してはくれないのだ。
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