【情のこと】

1/2
前へ
/16ページ
次へ

【情のこと】

広大な灰色の町でその名が知れ渡っている人物というのは、大きな仕事を独占する形で一手に請け負っていたり、人並み外れた設計や建築の才能を持つ者が多い。前者は弟子や労働者を多く抱え、後者はあらゆる依頼で引っ張りだこで、請け負う仕事を膨大に抱えている。 藤は前任の(にしき)という男のいちばんの弟子で、錦が船に乗って町を去ってからは、藤が後を継いで現在の船作りを担っていた。町の人々からは「親方」とか「親分」と呼ばれている。 家には将来弟子にするための子供が50人以上、住み込みの弟子が100人以上、それらの食事の世話やあらゆる面倒を見るための妻が30人暮らしている。小さな山をまるごと所有し、その一部を切り拓いて建てられた広大な屋敷が藤の家であった。 船はいくつもいくつも休みなく作らねばならない。なぜなら、船に乗る人々も休みなく毎日大勢流れ着いてくるからだ。藤にとっていちばんの財産は労働力である。だから船で得た稼ぎで男たちに飯を食わせ、目に付いた子供や女は惜しみなく買う。それらの労働力で、毎日毎日船を作る。 だが、彼が妻にするのはいつだって、ペニスがなく豊かな肉体を持った若く美しい女だ。ときには自分が愉しむため、そういう女が売られたら迷わずすぐに買い付けてくる。櫻のところの里を買い逃したときは少し悔しかったが、その日は売りに出された新顔が粒ぞろいのだったので、他の美しい女を5人買い付けて満足していた。 子供も見込みのありそうな者は残らず買ってくる。これは極力ペニスのついた者を好んで買い、ゆくゆくは立派な労働力となってもらうため、今から基礎を学ばせている。また部屋住みでない弟子も多く抱えており、それらは町で自分の嫁を買って、自分の家で暮らしている。ヒロもかつては藤家で部屋住みをしていたが、むさ苦しい男所帯に嫌気がさしたと見え、金を貯めたらすぐに丘の町に移り住み、それからしばらくして海を買っていた。 また線路と貨車作りを担っているのは(あや)という男だが、これも藤と同じくらいの労働者を抱え、町では藤と拮抗するほどの大きな勢力であった。だが両者とも密接な仕事であるので、手を取り合いうまくやっている。 櫻はかつて綾の家に身を置いていたが、優れた計算能力を持っていたので、独立して仕事を請け負うようになり現在の地位についた。綾も肉体労働には従事しておらず、頭脳だけでかつての前任者の右腕にまでのぼりつめた男である。だが胸と尻が大きく色白の綾は、見た目が藤の好みなので、もしも綾が女だったなら、きっと藤に買われていただろう。 「うちは美人揃いだが、何せくだらんいさかいが多くてな。女同士の派閥もある。だから派閥ごとに部屋や担当を分けているんだ。」 あらゆる分野の要人が会する町の会議が終わったあと、藤は久々に見かけた綾に話しかけた。仕事では密接でも、同士が顔を合わせる機会はめったにない。いずれも自分たちの側近や付き人のような者を介して話し合いをすることが多い。 「親方んとこは、おんなじような奥さんを揃えすぎるからよくないんですよ。」 綾が笑いながら言った。 「おんなじような……?」 「見た目もそうだけど、同じ若さの女ってのは相性がよくないんです。3人とか4人ならいいですけどね。あなたのところは、あなたが好きなタイプの似たような子ばっかり何十人も揃えて……たまには違う毛色の子を入れないと。」 「けどなあ……俺は歳を食ったのと、乳がないのと、チンコがついてるのがどうにも好きじゃないんだ。骨ばったのが多くて抱き心地が悪いだろう。見た目ならあんたみたいなのが理想だ。」 「やめてくださいよ。……うちは嫁はひとりで、手伝いは家政婦を雇ってますけどね。それでもケンカのないように、歳を食ったのとか、あなたの好みじゃない身体の女たちを、ちょうどいい按配で混ぜ込んでいますよ。全部で20人いますけど、半分以上はそういう子だ。そのおかげかみんな争うこともなく、協力しあってよくやってくれてます。」 「そういうもんかね?」 「伴侶をひとりと決めてるならお好きなのでいいでしょうけど、大所帯となると普通の嫁を選ぶ感覚ではいけません。可愛がるだけではなく、彼女らにもチームワークを重んじて家の仕事をしてもらうわけですから。お弟子さん方や子供らの中にも、仲の悪いのはあるでしょう。あれとまったくおんなじですよ。女だって、男の意のままにはいかないのです。」 「そりゃあ俺だって女を機械のように思ってるつもりは……だがもう少し忠誠というか、俺に対する忠義立ての気持ちを持ってもらわんと。男どもの方がよっぽど俺のために尽くしてくれるぞ。男は感情にとらわれず仕事をするが、気性の荒い女はケンカを優先する。あれじゃ嫁と弟子たちで、どっちが女かわからん。それに……」 いつも自信と余裕に満ち溢れた藤が、目を伏せて言い淀んだ。綾以外の男にはあまり見せない顔をしている。不思議に思いつつ、「それに?」と綾が促した。 「妻の中には何人か、弟子どもといい仲になっているのがいる。直接見たり聞いたりしたんじゃないが、たびたびそれを匂わせることがあるんだ。」
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加