Man's World

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僕が連れてこられたのは、曇りときどき雨の町で、空が毎日灰色だった。 空に変化はないが、風の強い時期や、雨の降りやすい時期や、生ぬるくて湿った時期、寒くて乾いた時期が順に訪れる。もっと細かく分かれているけど、大まかに言うとこの4つに分かれている。 晴れ間は忘れたころにやってきて、そうなるとその時期の「男」たちの仕事は休みになる。朝から心ゆくまで陽の光を浴び、美味しいお酒を飲み、「女」たちが作った料理を食べる。 暗くなってまた灰色の朝がやって来るその日まで、晴れてさえいれば何日でもお祭りのような生活が続く。 ヒロくんも毎日雲ばかりの灰褐色の中を出かけて行き、みんなと一緒に大きな船を作って、真っ暗闇と化す前にうちに引き上げてくる。晴れはしばらく見ていない。でもそれが普通だからか、みんなは晴れないことをそれほど悲しいとは思っていない。晴れというのは、気分屋の神様が気まぐれに与えてくれる休息の日だ。だから、晴れを多く望んだりしてはいけないのかもしれない。 「おかえり。」 煤やドロで汚れたヒロくんの作業着を玄関先で受け取り、洗濯カゴに放り込む。これは明日近所の巨大な洗濯池に持って行き、知り合いがいれば並んで世間話をしながら洗うのだ。新しい作業着はすぐに着られるようにベッドのわきにたたんで置いてある。この町は洗濯物が乾きづらいから、何日も倉庫で干し続けたものだ。晴れの日がやってくれば、女たちは総出で洗濯をし、広場や庭にはいくつもの洗濯物が万国旗のようにはためく。 ヒロくんは男だから、家のことはせずに外で力仕事に従事している。力仕事以外に、高度な計算のいる作業も男がやる。建物や乗り物の設計は、また別の男たちが担うのだ。 ヒロくんは肉体作業の方が合ってるみたいで、ここではずっと船を作ってる。電気を使って機械を動かしたり、家を作る人たちもいる。 そうやって仕事をして、金属や鉱石や、ときどきはお金ももらってくる。この「交換」や「お金」の仕組みを作ったのも男たちだ。それらと食材を交換して、女は毎日料理を作ったり、生地を買って服を仕立てたりする。既製の服は少し値が張るので、僕もこの町では自分で布を買ってきて服を作ってる。でもさすがに靴は作れないので、履き潰したら靴屋で買う。洋裁は女の人がやるが、靴職人は男の仕事だ。 「腹減った。」 「もう並べるだけだから、待ってね。」 「旨そうな匂いだなあ。」 「今日は鳥肉が売ってたから、おっきいかたまりで買ってきた。」 香草と一緒にローストし、ランプに照らされ脂がきらきら光り輝いている。鳥というのはほとんど地面を歩いているものだけど、違う地域では飛ぶのもいる。列をなしてはるか上空を流れていくもの、あれも鳥なのだそうだ。この食べられる鳥をたくさん飼育して売り歩くのは、男も女も関係なく、いろんな人がやっている。 「肉もいいけど……」 部屋着に着替える前に、ヒロくんが後ろから抱きついてきた。 「俺はいま、メシより海ちゃんの気分。」 ……僕がヒロくんに買われて、どれくらい経ったろう。晴れの日が9回。それでしか年月の長さを表せないから、細かくはわからない。手のひらくらいの金属のカケラ2枚、機械油、それから薬草ひと束と交換して、僕をここに連れてきてくれた。 男たちはここである程度自立して大きな仕事を任されるようになると、必ず「奥さん」を買う。家のこととか、自分の弟子の世話を任せるために。ヒロくんには弟子がないからいいけれど、ヒロくんの親方の家はたくさんのお弟子さんが出入りしているから、彼は何人も売られていた女を買って「奥さん」として家に置き、身の回りのあらゆる世話を任せている。 僕には力もなく、知識もあまりない。 とは言え(難しい字はわからないけど)本も読めるし、お金の計算も買い物に困らない程度はできる。けどそれだけでは男になれない。だから僕は女なのだ。でも、ヒロくんによると、いちばんはだという。なぜなら女のもっとも大事な仕事は、厳しい仕事に従事する男の安らぎとなり、癒しを与えることだから。だから、それに適した風貌であることがいちばん重要なんだそうだ。 売られてきたたくさんの"新顔"の中、ヒロくんは僕を見て一目で気に入ったのだと言った。人気の出やすい女の人というのは、甘い顔立ちで、もっと贅沢な身体をしていて、ペニスがない。なにより、年が若いというのが最大の条件だ。僕も年だけならまだ若いけど、胸の脂肪もないし、見知らぬおじさんには「鳥の足みたいだ」とからかわれたし、ペニスもついている。 それなのに、僕は売られてきたその日にヒロくんに買ってもらえて、夜にはあたたかい布団で眠らせてもらえたのだ。僕は永遠にこの恩を忘れてはならない。だから僕の1日は彼のためにあって、この鳥足のような身体は、彼に尽くすためにある。 「……ごはん食べてからにすれば?」 僕よりもずっと大きなヒロくんの頭を撫でる。今日の彼はいつもより甘えん坊だ。無言でぴったりくっついて離れない。こういうのを可愛いと思えるのが、女だ。男が弱いところを見せるのは、いつだって自分の家の女だけ。だからヒロくんが子供に戻れるのも、僕の前でだけ。
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