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王妃(魔女)の影
第二話
「お2人とも落ち着いて下さい。ここで、裁判員からの質問も受け付けましょう」
おかしな流れになってきたので、裁判長が話しの流れを止める。
「はい」
裁判員席から、ロングの赤毛の女性が手をあげている。
「そちらの女性の方、どうぞ」
「はい、白雪姫に質問なのですが、隣国の王子とは初対面だったのでしょうか?」
赤いルージュの唇の端が上がったのを、猫顔の弁護士は見逃さなかった。
「それでは皆様にも、白雪姫にも分かりません。質問の意図をお話しください」
猫顔の弁護士は、裁判員の化けの皮をはがしてやろうと爪をとぐ。
「はい、初対面で、寝ているかもしれない女性にキスをするなんて、ありえないと思ったんです。つまり、お2人は知り合いなのではありませんか?」
あんたは名探偵○○○かよ。
「はい」
白雪姫が、裁判長に向かい手をあげる。
「被害者は答えてください」
「お答えします。私は父である王が亡くなってから、王宮を追放されて森で七人の小人と暮らしてきました」
「なんですって。それじゃあ、あなたは男七人と同棲してきたと言うことですか?何てことでしょう」
赤毛の女が、ルージュを塗りたくった真っ赤な口を大きく開けて吠えまくる。
「はああ。彼らを男として数えるなら、そうですね」
ショートカットの頭が左右に振られて、バカバカしいとあきれている。
「まあ、それはあきらかな人種差別ではありませんか?」
赤毛の女の攻撃が続く。
「人種差別ですか?よくわかりませんが、彼らはドワーフなので私の恋愛対象ではありません。あなたはドワーフやゴブリンが恋愛対象になるんですか?」
「え?それは、私のことは関係ないでしょう」
「あなたのことは関係ないのに、何故私のプライバシーを根掘り葉掘り探ろうとするんですか?私の好みがあなたと何の関係があるんですか?」
見た目は穏やかそうな白雪姫の意外にも強気な性格を垣間見ることになった。いや、動画では見ていたが┅┅。
「被害者も落ち着いて。裁判員も悪戯に被害者を侮辱するのであれば、退廷を命じますよ」
裁判長の注意が飛ぶ。
「は~い。申し訳ありません」
赤毛の女は、まだ何かをやる気だと猫顔の弁護士は直感する。
「裁判長、そちらの裁判員の方についてご報告があります」
猫顔の弁護士は前に進み出る。
「なんでしょうか?」
裁判長が猫の弁護士を見つめる。
「そちらの裁判員は、先日、王宮の者と会ってお金を受け取っていた可能性があります。これがその時の写真です」
猫の弁護士は、証拠写真を裁判長に提出した。
「冗談じゃないわ。そんなお金なんて受け取っていないわよ。彼とは、ただお付き合いさせていただいているだけなんだから」
出任せだと赤いルージュが叫びだす。
「ただお付き合いしているだけと言いましたね?白雪姫と王妃が┅┅」
「異議あり」
「魔女が、もう王妃でもいいじゃないですか?皆、知っているのに」
猫の弁護士は毛を逆立てた。どうやら作戦ではなくて、本当に間違えて真実(王妃が魔女)を口にしてしまっているだけらしい。
「弁護士は落ち着いてください。公然の秘密を守ってもらわねば困ります」
「はい、失礼しました。えーっと、魔女と白雪姫が敵対してるのは周知の事実です。つまり白雪姫と王宮は対立してるのに、王室に勤めている彼とあなたが無関係なんてありえないと言っているんです」
「そんな違うわよ」
「現に先ほど裁判長からも注意されたように、あなたはあきらかに最初から、白雪姫を侮辱して貶めることを目的に裁判員になったとしか思えない発言を繰り返している」
「確かに、白雪姫を嫌ってるとしか思えない発言だ」
「そうね、あんなプライベートな話しまでするなんておかしいわ」
裁判員席からも、傍聴席からも冷静な声が飛び交っている。
「裁判長、このように最初から被害者に敵意を持っている裁判員を判決に加えるのは不適切ではないでしょうか?」
猫顔の弁護士は、邪魔な赤毛を排除すべく畳みかける。
「少し裁判官同士で話し合う必要があるようです。一旦休憩にします」
15分間の休憩をとることになった。
白雪姫は猫顔の弁護士に案内されて、脇の扉から出て、被害者の控え室に移動していく。
控え室にはテーブルと椅子が用意されていたので、猫顔の弁護士は白雪姫の為に椅子を引いた。
「ありがとうございます」
白雪姫は椅子に腰かけて、「ふうう」と大きく息を吐く。
「どうしてあの人が、王室勤めの人とつながってるって分かったんですか?」
「ああ、裁判員の情報は数日前には分かるので、全ての裁判員の調査を済ませておいたんです」
「え?それは一体?」
白雪姫には、何の意味があるのか分からない。
「つまり、裁判員であなたに否定的、反感を持っている人間と分かった時点で、裁判員を下ろす為に情報をかき集めておいたんです」
「さすがです。まさかこんなに優秀だなんて┅┅」
「王子と言うだけで、あんな醜男に白雪姫は似合いませんよ」
この弁護士は白雪姫のファンなのか?
「さあ、それじゃあ行きますか」
「はい」
2人は休憩室から出て、そのまま法廷に向かう。
法廷に入ると、裁判員席から赤髪の女性が消えていた。
「それでは裁判を再開します。裁判員は、他に質問はありますか?」
「いや、いいかな」
「私も特には」
赤毛の女に対する猫顔の弁護士の容赦ない裁判員排除の行動で、裁判員が様子をうかがっているのが分かる。
「裁判長、少しだけよろしいですか?」
猫顔の弁護士が動く。
「弁護士、どうぞ」
「ありがとうございます。裁判員の皆様、どうか安心してください。先ほどの裁判員は、王室からの回し者だったので、排除する必要がありましたが、皆様に敵対するつもりはございません」
「ああ、そうだよな。王室の回し者だったのか」
「だったら、私ちは平気ね」
白雪姫に好意的な裁判員たちは自分たちが、猫顔の弁護士から攻撃されることはないだろうと胸を撫で下ろした。
「はい、白雪姫が王室から追放されても森で頑張ってきたのは、皆様もご存じのはずです」
「そうね、村に食材を買いに来てくれたしね」
「うん、子供ともよく遊んでくれたな」
「異議あり」
いい雰囲気を邪魔する為に、犬顔の弁護士が異議をとなえる。
「はい、そこまで。では裁判員は、もうよろしいですね?」
「はい、大丈夫です」
「では、王子側の弁護士から何かありますか?」
「はい、弁護士のナイトです。今日は被告人である王子は諸事情により不在となります。よろしくお願いします」
最近、法廷がカジュアル路線をアピールしているのに則って、半袖のポロシャツに太いチノパンを合わせている。
半袖の袖からは毛むくじゃらの腕が出ている。顔は犬で耳はたれ気味。
「それでは王子側の弁護士は、反対尋問を始めてください」
「はい。王子は初対面から白雪姫に好意を寄せてあんな行動に出てしまったのです」
「異議あり。少しだけよろしいでしょうか」
「異議を認めます。どうぞ」
「そんな裁判長っ」
犬顔の弁護士の哀れなな声が途切れる。
「被害者の為に、忠告させていただきます。仮死状態で、意識のない相手に出くわすのを初対面なんて言葉で飾らないで頂きたい。
まるでストーカーが、好きだからストーカーしてしまったと醜い言い訳をしているようですよ」
「くっ、裁判長」
「被害者側の弁護士も落ち着いてください。被告人の弁護士は言葉に気を付けるように」
「はい」
犬顔の弁護士の耳と尻尾が、すっかり垂れ下がってしまった。
「続きをよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「はい。ありがとうございます」
王子側の弁護士が話しを続ける。
「王子は白雪姫が仮死状態にあることから、いにしえからの教えの通り、王子のキスで目覚めさせようと思ったのです」
「異議あり。裁判長」
「はい、白雪姫側の弁護士」
「ありがとうございます。仮死状態にあると言いますが、初対面で白雪姫が仮死状態であることを何故知っているのですか?」
「それは森で横たわっていたから」
「王子がそうおっしゃったんですね」
「はい、そう聞いております」
「女性が森に横たわっていたら、あなたなら仮死状態だと思いますか?」
「え?それは┅┅そんなこともあるかもしれません」
「本当ですか?そもそも一生の内で仮死状態の人間に会う確率なんてほぼ皆無じゃありませんか?
でも王子は白雪姫が仮死状態にあることを知っていたのです。何故か?それは王妃から事前に┅┅」
トントントントン
ガヘル(小槌)が鳴らされる。
「弁護士は言葉を間違えないように」
「はい。魔女が最初から白雪姫の仮死状態を王子に知らせない限り、知り得ない情報なのです」
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