天国メール

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天国メール

朝、スマホに見知らぬアプリが入っていた。 アイコンに『天国メール』と書いてある。 「何のアプリ?」 もし天国にメールを送れるのなら唯人に届けたい。 もうすぐ高校に入って初めての夏休み。 一緒に夏祭りに行くはずだったのに唯人は天国へ行ってしまった。 中二の夏祭り。 「どう? 俺」と言われたあの夜から二周年の記念日だったのに。 ボクシングの強豪校に通うためにスクーターで通学していた唯人。 忙しい日々を過ごしていた。 それでも「おはよう」と「おやすみ」のメールは届いた。 バイク事故が起きるまでは、ずっと。 「せめて夢の中で会わせてほしい」 神様にお願いしたけど唯人は現れてくれなかった。 代わりに現れたのは天使だった。 小さな白い翼をパタパタさせながら私のスマホに魔法をかけた。 キラキラ光る虹色のパウダー。 天使がプレゼントしてくれた「魔法のアプリ」だろうか? しげしげとスマホを見つめる。 でも、名前が『天国メール』だ。 怪しすぎて開くのをためらってしまう。 検索してみたけど『天国メール』の詐欺の話は出てこなかった。 その日、校庭で白いアゲハを見かけた。 「夢に出てきた天使かも」 ふと思い立ってアプリを開いた。 送信者の欄に私の名前と生年月日を入力。 そして、宛先の欄に唯人の名前と生年月日を入力。 最後の空欄には唯人が亡くなった日付を打ち込んだ。 『登録完了』の表示が出て新規メールの画面が開いた。 「元気ですか?」 いたずらアプリかもしれないので最初はその一文だけ。 「届け!」と念じて送信ボタンを押す。 送信済みフォルダにメールが入った。 天国にいる唯人に宛てたメールだ。 「こんなに簡単でいいの?」と思った。 その夜、ピコンとスマホが鳴った。 メールが宛先不明フォルダに移っていた。 「やっぱり天国に届くなんてないよね」 ガッカリしながら少し安心した。 ニセモノの唯人とメールの交換なんてしたくなかったからだ。 「天国に一万円送ってほしい」 そんなメールはショック過ぎる。 だけど、ベッドにもぐり込んでから不安になった。 唯人の個人情報を入力してしまった。 「もし、悪用されたら?」 心配が募った。 日曜日、思い切って唯人の家を訪ねた。 玄関で「野田茜です」と伝えると、妹さんは顔じゅうを驚きでいっぱいにして叫んだ。 「ママ! ホンモノが来たッ」 唯人は「カノジョがいる」と家族に話していたらしい。 名前は「アカネ」だということも。 だが、誰も信じなかった。 家族の中で「アカネ」は想像上の人物として有名だったのだ。 「絶対ウソだと思ってました」 架空の人物が家に現れ、妹さんはテンションが上がりっぱなしだった。 予想外の大歓迎を受けて私はドキドキした。 「何か良いことがあったら開けようって決めてたの」 そう言ってお母さんはとっておきのバウムクーヘンを出してくれた。 妹さんとワイワイ言いながら五等分に切った。 お皿の一つは唯人の遺影の前に。 「しっとり!」 びっくりするくらい美味しくてみんなで笑った。 ただ、唯人がこの笑顔の輪にいないことにグッときた。 私の表情が曇り、みんなが黙ってしまった。 鼻の奥がツンとする前になんとか笑顔に戻れたが、お母さんが先に涙をこぼしてこらえきれずに私も泣いた。 アプリに個人情報を入力したことを謝ると「何も起きてないよ」と妹さんが教えてくれた。 とりあえず安心した。 家に帰ると、朝送ったメールがまた宛先不明フォルダに移っていた。 私は禁じ手を使うことにした。 「寂しい。そっちに行っていい?」 そんなメールを送信した。 唯人が死んで、私も「死にたい」と思った。 そんなことを思ったのは初めてのことだった。 正直に言うと、本気で死にたいとは思っていなかった。 でも、「そっちに行っていい?」と書けばさすがに無視はできないはずだと思った。 誰が? 唯人が? それとも、メールアプリの管理人? あとは神様? 誰かからの返事が欲しかった。 翌朝、メールが届いていた。 驚いてすぐにアプリを開くと、差出人はメールの管理者だった。 「彼は天国を出発し、新しい生活へと踏み出しました」 そういうことか。 唯人はもう生まれ変わったのだ。 まだ天国でゆっくりしてるかと思ったけど、早かったね。 じゃ、またどこかで会えるのかな? どこかに唯人の気配を感じながら、私は学校へ向かって駆け出した。 (おわり)
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