参.玖拾玖

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参.玖拾玖

まずショーの開始三時間前には待機室へ赴き、卓上に用意された、土台(ベース)に念入りに目を通す。 『氏名・田島裕菜、年齢・二十五歳。』 この数枚に纏められた履歴書には、土台(ベース)の基本的な戸籍情報から始まり、生い立ちから現在までに犯してきた数多の所業の所在が詳細に記載されている。 これらに隅々まで目を通すことによって、土台(ベース)土台(ベース)として選ばれた単純明快な理由をも読み解くことが出来る。 僕はこれらの情報を整理し、あらかじめ作品のテーマを決定することにしている。 これらは素材の味を最大限に生かすことには欠かせない作業の内の一つだ。 丁重に彼女の短小な人生に目を通していく。 順調に読み進めていったが、ある一行の履歴に目が留まると反射的に眉を顰めた。 『昨年十二月、都内某所での大規模破壊工作活動を首謀。極左テロリズム団体、「ディガンマ」幹部に昇格。』 ここ数年世間を賑わせている、国内の歴史的建造物をアートと称して破壊する下劣な組織…… 組織の概要には影が多くその全貌は未だに明らかにされていない。 だが、尻尾の先を掴まれた一部の構成員は血眼になって捜査をしている警察に逮捕され、まれにそのごく一部がこの工房(アトリエ)に流れてくるのだった。 奴らを自力で捕え、此処に連れてくることは、いくら巨額の資本を持っている黒日荘(かれら)達にとっても極めてリスクも金も高くつく非効率なことであることは言うまでもない。 他の世間的価値のない土台(ベース)は幾らでもいるはずだからだ。 しかし、何故か時折奴らはここに流れてくる。 国家上層部が他構成員への見せしめの為に、意図的に黒日荘(ここ)に流しているとしか考えられない。 このショーには強大な闇の国家権力が絡んでいる現実をひしひしと実感せざるを得ない。 僕は、本当に狂っているのは、この興行、それを執り行う僕らでは無くこの社会そのものであると考えるようになっていた。
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