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壱.玖拾捌
「玖拾捌」
僕は最後にV字の彫刻刀を取り出すと、小慣れた手先で今回の作品の額に、緩慢かつ繊細なタッチで完成品たらしめるサインを彫り込む。
まだ生気の面影を微かに感じさせる額からは、今宵一に艶やかで冷たい鮮血がだらりと音も立てずに溢れ出した。
力なく流れ出た紅い絵の具を拭いもせず、斑の色彩に濡れたゴム手袋をパチン、パチン、と音を立てながら外すと、辺りは小一時間前まで木霊していた轟音の音響の残滓を微塵も感じさせない程の静寂に包まれていた。
僕の晴れ舞台。
およそ八畳程の広さの窓一つない工房は壁、床、天井まで全てが光沢のある黒色に塗装されている。
そして四方の天井の端には無機質で真っ白なスポットライトと武骨な監視カメラ、大ぶりのスピーカーが設置されており、作品作りの一部始終を死角無く罅割れた音響と共に焼き付けている。
その映像はリアルタイムで会員制の闇サイトで不定期に上映されている。
唯一の出入り口である鋼鉄製の扉のノブに手をかけ、それを力強く捻ると、その扉はギリギリと重苦しく軋む音を立てながら不精に開き、一仕事終えた事を噛み締めながら闇の舞台を後にした。
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