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「ど、どこ行くの?」
「向こうなら誰もいないはず」
水上くんは周囲の視線を気にすることなくどんどん進み、閑散としたエリアまで辿り着くと、準備室として使っている教室の扉を開けた。
中に誰もいないことを確認したあと、ふたりでそこに足を踏み入れた。
窓から日の光が差し込んでいるのに、教室の空気はひんやりとしている。
私の左手は解放されたものの、ドキドキと心臓は暴れ回っていて今にも口から飛び出そうだ。
「俺に聞きたいことってなに?」
左胸を押さえてなんとか落ち着こうと必死な私をよそに、水上くんが本丸を攻めてくる。私が彼を呼び出したのだから当然だ。
フーッとひとつ深呼吸をしたあと、壁に背を預ける彼を正面から見据えた。
「えっと……水上くん、引っ越しするの?」
率直に質問をぶつける私に、水上くんは一瞬ポカンとしたあとゆっくりうなずいた。
「門脇から聞いたのか」
「どうしてみんなに言わないの? いきなり消えたりしないよね?」
担任の先生から正式に彼が転校することは伝えられていない。
もしかしたら親しい友達にはすでに話しているのかもしれないが、学校に来なくなったあとに先生から事後報告をされても、クラスメイトはみんなお別れの挨拶ができない。
本人はそれでいいと考えているのだろうか。
「湿っぽい空気になるのは嫌? でもみんな水上くんが黙って転校するのは寂しいよ」
「……え?」
「私だって、高校も一緒に卒業できると思ってたのに」
恨み節を言い募るはずではなかったが、懸命に喋るうちに責めるような言葉が出てきてしまった。これは想定外だ。
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