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「大丈夫か?」
私は声のした方へ視線をおくりました。声の主は、私の愛する戸部くんでした。
「戸部くん。いきなり声をかけて驚かさないでよ」
戸部くんが困った顔で私を見ています。
「ごめん。驚かせたわけじゃないんだ。行こう」
困り顔の戸部くんに、私は「そうだよね。あんまり驚いたもんだから」と言いました。
戸部くんは小さく頷き、もう1度「行こう」と言いました。
「行こうって……。でもまだ皆んな……」
周りの人たちはまだ地面にしゃがみ込んでいます。
「もう揺れはだいぶ落ち着いたし。駅から出よう。次の揺れが来て、天井でも落ちたら危ないから」
私は戸部くんに腕を上に引っ張られて、立ち上がります。
するとまた声がしました。
「しゃがめ。頭を抱えろ! 頭を低くしろ!」
私はその声に、またしゃがもうとしました。
「体勢を低くして、頭を両手で守ればいいだけだ。カバンを頭にのせて」
戸部くんがそう言うので、私は背負っていたリュックを頭に載せて歩き出します。
私と戸部くんは、プラットホームを抜けて階段を上がり、改札をくぐって駅の外に出ました。
私は改札を出て「あぁー。ブラックアウトかぁ」と声を洩らしました。
――ブラックアウト--それはつまり災害による停電のことです。
駅は非常灯がついて、灯りがあったのでしょう。駅の中は暗く感じませんでした。
でも街は、車のヘッドライトの灯りと、大型マンションの非常灯だけに照らされているだけでした。信号も消えていました。
「月も出ていないから、真っ暗だな」と戸部くんが言いました。
薄墨色の中、戸部くんの黒い人型の輪郭が浮かんで見えました。
「戸部くんが見えない」
私は不安でいっぱいです。
戸部くんが私を安心させるように、私の手をしっかりと握りました。
「家まで送るよ」
戸部くんが私の手を引き歩き出します。
私は親に連れられる子供みたいに、戸部くんと手を繋いで歩きます。
私が不満げにいます。
「こんな時しか、戸部くんは現れてくれない」
「そうだな。ごめん」
「メッセージは既読にもならない」
「そうだな。ごめん。……なぁ、琴梨。そろそろ俺にメッセージ送るの止めろよ。俺たちもう終わったんだ」
戸部くんの、言葉が私の心臓を突き刺します。
「メッセージを送っても駄目なの?」
「うん。そんな事をしていたら、お互い前に進めないままだろう?」
――あの日から、私は前に進めていません。
「戸部くんも進めないの?」
「そうだね。進めないんだ」
「私たちやり直せないの?」
戸部くんは答えません。
私は戸部くんの表情が見たくなって、戸部くんの顔を見ます。
でも停電で、辺りは暗く、戸部くんの顔を見ることが出来ません。
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