7人が本棚に入れています
本棚に追加
「お医者さんは、精一杯治してくれました。でも、今も脚には麻痺が残ってるし、右目の視力はないまま。髪の毛もね」
姉が陽子に視線を送ると、陽子は微かに笑みを浮かべながら康司を見て、スッと髪の毛を持ち上げ、ニコリと笑って見せた。
(あぁ、だから茶色なんだ……)
そう思いながら、康司も笑みを陽子に向けると、彼女が少し不安げな顔をして訊く。
「似合う?」
「うん、とっても」
それはお世辞でなく、本当にそう感じたのだ。
「そう?よかった」
ホッとしたような陽子の喋り方がぎこちない。
顔面神経をやられ、一時は飲食も、喋るのもままならない状態だったが、リハビリでだいぶ回復したのだと、姉が言った。
しかし、髪の毛はうまく生え揃わず、カツラのままだと言う。
「どうせなら茶髪がいいって、陽子が言うから」
姉が笑う。と、陽子も微笑を浮かべ、
「康司、茶髪が好きだもんね?」
たどたどしさの残る声で言った。
(そう言えば、そんな話をしたっけ……)
付き合っていた頃の遠い記憶。
確かに康司は、真っ黒よりも茶色の髪の方が好きではある。
大けがをしながらも、そんなことを覚えていてくれたのかと思うと、康司は急に胸が詰まる。
「すぐに連絡くれればよかった……」
「……」
「あ、ごめん、そうじゃないよね……つらかったよね」
「うん」と小さく頷く陽子の目から、涙がぽろぽろとこぼれる。
彼女は声を震わせながら、
「あの時、もう一生会わないって決めた。だけど、やっぱり会いたくなった……」
「……うん」
「後悔した……」
見守るようにしていた姉が、引き継ぐように、
「改めて連絡しようと思ったけど、あんな別れ方をしてしまって、やっぱり会いたいなんて言えなくて。だから、もう会わないなら、最後に思い出の場所を二人で回ろうかって」
(同じことを思っていたんだ……)
康司はそう思いながら、姉の言葉の続きを聞く。
「七夕の短冊を見ていたら、ちょっと賭けてみようよ、ってなって」
「じゃあ、あの短冊はやっぱり……」
姉は頷いて、
「陽子が書いたものです」
「そうだったんだ……」
陽子を見つめる。
彼女も、車椅子から康司を見上げ、
「来てくれて、ありがとう。見つけてくれて、ありがとう」
一生懸命、言葉を紡いでるふうだった。
康司は、その場にしゃがんで陽子の身体を抱き締めながら、
「会えないなんて、もう言わないでくれ」
「……うん」
そして、陽子の目をじっと見つめると、
「いつか一緒に、北大に通おうな」
「うん」
陽子は、ニッコリして頷いた。
(完)
最初のコメントを投稿しよう!