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「お医者さんは、精一杯治してくれました。でも、今も脚には麻痺が残ってるし、右目の視力はないまま。髪の毛もね」  姉が陽子に視線を送ると、陽子は微かに笑みを浮かべながら康司を見て、スッと髪の毛を持ち上げ、ニコリと笑って見せた。 (あぁ、だから茶色なんだ……)  そう思いながら、康司も笑みを陽子に向けると、彼女が少し不安げな顔をして訊く。 「似合う?」 「うん、とっても」  それはお世辞でなく、本当にそう感じたのだ。 「そう?よかった」  ホッとしたような陽子の喋り方がぎこちない。  顔面神経をやられ、一時は飲食も、喋るのもままならない状態だったが、リハビリでだいぶ回復したのだと、姉が言った。  しかし、髪の毛はうまく生え揃わず、カツラのままだと言う。 「どうせなら茶髪がいいって、陽子が言うから」  姉が笑う。と、陽子も微笑を浮かべ、 「康司、茶髪が好きだもんね?」  たどたどしさの残る声で言った。 (そう言えば、そんな話をしたっけ……)  付き合っていた頃の遠い記憶。  確かに康司は、真っ黒よりも茶色の髪の方が好きではある。  大けがをしながらも、そんなことを覚えていてくれたのかと思うと、康司は急に胸が詰まる。 「すぐに連絡くれればよかった……」 「……」 「あ、ごめん、そうじゃないよね……つらかったよね」  「うん」と小さく頷く陽子の目から、涙がぽろぽろとこぼれる。  彼女は声を震わせながら、 「あの時、もう一生会わないって決めた。だけど、やっぱり会いたくなった……」 「……うん」 「後悔した……」  見守るようにしていた姉が、引き継ぐように、 「改めて連絡しようと思ったけど、あんな別れ方をしてしまって、やっぱり会いたいなんて言えなくて。だから、もう会わないなら、最後に思い出の場所を二人で回ろうかって」 (同じことを思っていたんだ……)  康司はそう思いながら、姉の言葉の続きを聞く。 「七夕の短冊を見ていたら、ちょっと賭けてみようよ、ってなって」 「じゃあ、あの短冊はやっぱり……」  姉は頷いて、 「陽子が書いたものです」 「そうだったんだ……」  陽子を見つめる。  彼女も、車椅子から康司を見上げ、 「来てくれて、ありがとう。見つけてくれて、ありがとう」  一生懸命、言葉を紡いでるふうだった。  康司は、その場にしゃがんで陽子の身体を抱き締めながら、 「会えないなんて、もう言わないでくれ」 「……うん」  そして、陽子の目をじっと見つめると、 「いつか一緒に、北大に通おうな」 「うん」  陽子は、ニッコリして頷いた。            (完)
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