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『康司に会いたいです』  そう書かれた短冊を、康司は偶然見つけた。  旅先の札幌の、百貨店H。  新卒で入社し、勤続10年の褒賞休暇と手当を利用しての、初夏の北国。  この町は、陽子との思い出の場所だった。  一歳下の彼女とは、東京都内の大学で知り合い、27歳の時に別れた。 (……似てる)  薄いピンクの短冊の文字を見つめる。けど、 (いやいや、まさか……)  すぐに考え直す。  ただ字が似ていて、自分の名前が書いてあるというだけで、陽子が括りつけた短冊だと決めるのは早計過ぎる。 「すいません、よろしいですか?」  不意に女性の声がした。 (まさか!) しかし、すぐ横に立っていたのは、幼い女の子と、母親と思しき女性だった。 「あっ、すみません」  慌てて場所を譲って立ち去り、向かいのカフェでアイスコーヒーを注文した。 (でも……)  ストローをくわえながら、康司は5年前の事を思い返していた。
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