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 あれは、ちょうど七夕の日だった。  別の会社で働く陽子と休暇を合わせ、二人で北海道巡りをしていた。  その途上で立ち寄った、札幌の街。 「おかしいなぁ、確かこの辺りのはずだけど……」  首を傾げながら、スマホと周囲を見比べている陽子に、康司も、 「確かに、そうだよな……」  一緒になって首を捻る。と、陽子が 「あっ、あった!」  歓喜の声を上げる。その視線の先に、木陰にひっそり佇むように、時計台は立っていた。 「えーっ、かわいい!」 「こんなに小さいんだ!」 「ホントね。写真で見ると、ビッグベンぐらいに、でーんって感じなのかと思ったけど」  陽子は、ロンドンの有名な時計台を持ち出してはしゃいでいる。 「え?陽子って、ロンドンに行ったことあるの?」 「ううん、ないよ」 「じゃあ、ビッグベンだって分かんないぞ」 「そんなことないでしょ、ビッグなんだし」  と、陽子は、すごく楽しげに笑ってから、 「でも康司、これはこれで、いい感じじゃない?」  と、目の前の時計台を指差す。 「うん。俺もそう思う」  本当にそう感じていた。  初夏の北都の、緑の木立の向こうに佇む姿。けど、決して暗いわけじゃない。むしろ、キラキラしている。  それはどこか、陽子の持つ空気にも似ていると、康司は思いながら、彼女の横顔を見ていた。
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