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(どうして……)  アイスコーヒーを口に含みながら、康司は考える。  5年前のあの旅行の直後、陽子は康司の前から突然姿を消した。  連絡も一切つかなくなった。  1カ月後の、たった一通のLINEで、二人の関係は完全に途切れた。 『私のことは忘れてください』  すぐに返信を送った。 『理由も分からずに、諦められない。一度会って話したい』 『どうかお願いです。私はいなかったんだと思ってください。どうかどうか。私の最後のお願いだと思って』  それだけの返信だった。  忘れようと思った。  いつか過去になる。そう考えて、忘れる努力をした。けれど、一方的に断ち切られた思いは、ますます強くなるばかり。  実家住まいの陽子の家を訪ねてみようか、とも思った。が、 (そんなことをしたら、ストーカーだ)  落ちぶれてしまうのが嫌で、思い止まった。そして、 (どうにかして区切りをつけるしかない!)  ちょうど5年が経とうとする今、こういう形で断ち切ろうと、もう一度、ここを訪れたのだった。  そこで目にした、 『康司さんに会いたいです』  思わぬ短冊の文字……。  康司は、コーヒーを飲み終えると、ふたたび百貨店Hの笹の元に行き、一枚の短冊をしたためた。 『俺も陽子に会いたい』  それが陽子からのメッセージなのかもわからないのに、あえてそう書き、彼女の短冊の隣に括りつけた。  七夕は、次の日だった。  康司は予定を変更し、札幌にもう一泊した。  そして、七夕の日。  5年前と同じ、お昼少し前に、笹の所に行った。 「えっ……」  そこで康司は、思わず声を上げた。 『康司さんへ。今日の夕方3時に、北大のポプラ並木の入口の所に来てください』  昨日、康司が括った短冊の横に、そう書かれた新たな短冊が下がっていたのだ。 (似てる……いや、やはり……)  それは陽子の字だ、と確信した。
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