梟はその翼を広げる(9)

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梟はその翼を広げる(9)

 「反栄一派」となった母と二人の娘であったが、各人で父との対峙姿勢は(こと)にしていた。  急先鋒だったのが、家から出ていった郁恵であり、彼女はわかりあえない父だけではなく、生活を続けていくために腹立たしい配偶者と一緒にいなければならない母も軽蔑していた。  父も母も同類項であり、まとめて切り捨てても構わないと、郁恵は看做(みな)していた。  年長者は年少者を悩ませ苦しめては、前代より受け継いだ被害者面を決め込んでおり、その()け口や圧迫の対象が実の子供であった場合、これは許容の枠より逸脱した蛮風(ばんぷう)なのである。  それ相応の覚悟があり、ねちねちしてはおらず、自身の両親にも執着しないのが、郁恵なのであった。  光恵は娘二人が知る(よし)もない夫への多色に燃える炎を胸に宿しており、郁恵のように離れるのではなく、そばにいては愛憎が混じり合った相手を仕留められる絶好の機会をうかがっていた。  栄一には妻に一服盛られたり、家で寝ているとき、いきなり刃物でざっくりやられるといった身の危険が大いにあったということである。 「お前とは離縁する、俺の家から出ていけ!」と、光恵を怒鳴りつけ、文恵も一緒くたに扱って二人を蹴り出せるほどに、自身の夫が物事を割り切れる人間ではないのをよく知っている妻はここへ付け込んでいた。  三人の中では最も穏健だったのが文恵であり、彼女の存在そのものが家族崩壊や傷害事件を未然に防いでいた。  文恵が家にいてくれたため、この家族がばらばらにならなかったのは相違無く、栄一と光恵は文恵に感謝していたし、郁恵も離れてしまった自らの妹へ思いを()せていた。  この文恵が問題解決の端緒となる。  郁恵が出ていってから、文恵は「姉ちゃんを捜そうよ」と、父母へ提案したが、彼女の顔を見て気持ちの落ち着いた母により、それは却下された。 「……あの子の性格からして、勤めてる写真館までやめてしまうとは考えられない。あんなにあの子は写真を撮るのが好きなんだもの。……写真館の場所はわたしらにもわかってる。……そこへ聞けば、あの子の居場所はわかるでしょう。……わたしやとうさんがあの子に会って、無理に連れ戻したら、同じことの繰り返しになるわ。……だから、ふみちゃん、あなたが折りを見て……写真館まで行って、お姉ちゃんのことを聞いてみてちょうだい。……ここで働いてる郁恵の妹なんですけど、姉の住んでる場所を教えてほしいんですが……って。……もし、そこでお姉ちゃんに会えたら、なおいい。……ふみちゃんにはお姉ちゃんとわたしらの間の連絡係をやってほしいの。……どう? ふみちゃん。わたしがお姉ちゃんのところへ行ったら、あの子はわたしの話に耳を貸さないでしょうから。きっと……仕事場には来ないでよ、とっとと帰ってって言うわ。……そんな性格なのよ」 「…………」  母に言われた文恵はその言葉を反芻(はんすう)してから、聞いた。 「……父ちゃんが会いに行って……姉ちゃんが反発するのはわかるんだけどさ……母ちゃんが行っても、同じになるの? ……ど、どうして……??」と。
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