梟はその翼を広げる(10)

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梟はその翼を広げる(10)

 母・光恵はうなずいて、返した。 「ええ。……わたしの小言にあの子、うんざりしてたのよ。わたしのとうさんへの態度にも嫌気が差してたし。……ふみちゃんが行けるときでいいから。お姉ちゃんのことは。……あなたは働き始めたばかりで、覚えないといけないことが山のようにあるでしょう。だから……あなたはあなたのやるべきことを優先しなさい。……頼んだわよ、ふみちゃん。あなたがいてくれて、嬉しい。わたしも……人殺しにならずに済んだ。……会いに来たのがあなただったら、あの子も喜んで会ってくれるだろうからね。……あの子、あなたを大事で大切で大好きだから」 「……う、うんうん……わ、わかった。……わかったよ、母ちゃん」と、文恵。 「…………」  その場にいた栄一は二人の対話をうなだれたまま、聞いていた。  母である光恵は、郁恵のことも、文恵のことも、よくわかっていたのである。  さらには、このやり取りを栄一の前で行い、言質(げんち)を得た光恵であった。  文恵は時間を見つけ、写真館まで行ってみた。  母から言われたままに受付の者へ言うと、相手は「あ、郁恵さんはいます、いますよ……少々、お待ちください……」と返し、暗い色のカーテンの奥へと消えた。  壁に飾られている大きな写真を何枚も見ながら、文恵は「この中にも姉ちゃんが撮ったやつ、あるのかな〜」と思った。  受付の女性が戻ってきた。 「連れてきました、妹さん……」 「……あ、ほんとにふみちゃんだ。どーしたの? なんか用なの? ……そーいえば、ここ来たの初めてじゃない?」と、歩いてきた郁恵は余裕たっぷりに言った。 「……ど、どーしたのって……。ねね姉ちゃん、用があるから、話があるから来たんだよ。……よ、ようやく、来れた。あたしも忙しくって……なかなか、時間がとれなくてさぁ……」  妹は出ていった姉に聞きたいことが、ごまんとあった。 「……あーーー、わかった〜〜。わたしを連れ戻しに来たんでしょ? 母さんにでも言われたの? 律儀ね〜。……あのさ……わたしさ、いま、ここの近くにあるボロい借家で暮らしてるんだよ。結構前から、目つけてたんだけど。……意外と簡単に一人暮らしできた〜」  あっけらかんとした郁恵は述べ、笑う。 「……そ、そう。…………。母ちゃん、す、すごいなぁ。……じゃ、じゃあ……そこにあたしを連れてってくれない? ……仕事おわってからでいいから。姉ちゃん……お願い……」  妹は姉の行動を見通していた母に驚きつつ、頼み込んだ。 「んーよーーし、わかった、わかった。あんた……どっかで遊んでなさい。で……夜になったら、ここへ戻っといで」と、けろりとしている郁恵。 「……は、はい、そーするよ」と、力が抜けてしまった文恵。  郁恵と文恵……姉の性格と妹の性格の違いがここにある。  そして、姉妹の母の性格と父の性格も考えなければならない。
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