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梟はその翼を広げる(1)
ここに一人の男がいた。
彼は戦争に行き、戦死せず、負傷もせず、生きて戻ってきた者であった。
彼の名前は、栄一といった。
復員した栄一は遊び呆けていた。
徴兵されて戦地へ行き、生き残ったのは単純に嬉しかったし、それができる環境だった。
栄一の父親は発電所の総責任者であり、「この人がいなければ、設備は動かない」と言われた手腕の持ち主であった。
栄一の母親は豪農の一人娘であった。
広い土地を所有しているのと、作物を思いのままに収穫できることが、敗戦時はものをいった。
あるとき、父母から説得を受け、彼は国鉄に入社することとなった。
若い栄一は父母に反発しながら、国鉄へ勤め始める。
……この「親に反発する」というところを覚えておいてほしい。
類は類をもって集まるものなのだから。
国鉄に入った栄一はいったい何をしていたのか?
彼は汽車の図面を引いていた。
わかりやすくいうと、栄一は製図屋だった。
本人がどのような人生行路をたどったのかを先に明かすと、彼は国鉄に勤め続け、組織がJRになって数年したら、定年退職する。
工場内で製図をつくっていた彼はある試験にも合格し、いくつかの駅の駅長もやることになった。
外地から復員した栄一の夢は「大きな船の船長になる」ことだったが、その夢が叶うことはなかった。
そんな栄一は戦後の混乱期に思いがけず、ある女と再会した。
その女の名前は……光恵といった。
光恵の方が栄一よりも、何歳か年下であった。
二人は栄一が出征するよりも前にいつも遊んでいた仲であった。
栄一は彼女を「みっちゃん」と呼んでいた。
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