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梟はその翼を広げる(3)
終戦後、今でいうところの専門学校へ通った光恵は裁縫技術を習得し、百貨店に勤めていた。
百貨店で光恵は縫い子をやっていた。
縫い子は、針子とも呼ばれる。
どちらかというと、和裁よりは洋裁をきわめていた光恵であった。
複数人いる縫い子は「マダム」と呼ばれる支配人に従属しており、客が注文してきた品を生地から作り上げる。
縫い子は裁縫を修めた者であるが、縫い子ひとりひとりによって得手不得手がある。
それを見抜き、各々の縫い子へと的確な指示を出すのが、マダムの役目となっていた。
「あなた、ミシンでこれを縫ってちょうだい」
「あなたは針でこのボタンを縫い付けなさい」
「あなたはこれ、新しい型紙をつくって」
「あなたは布地を裁断なさい」
……といった具合に、作業全体へ目を光らすマダムは縫い子にしてみると、あらゆる意味で恐ろしい相手である。
マダムには、ごまかしが一切きかなかった。
何度も作業を失敗したり、この娘には無理なのねぇ、とマダムに判断されたならば、その縫い子は即、解雇されてしまう。
マダムから役に立たないと判断された者は、にべも無く排斥された。
連絡を取り合った光恵の母と栄一の母親は密かに話し合い、光恵と栄一を夫婦にしてしまおう、と考えた。
光恵には許婚がいたが、その者は浮気ばかりするため、光恵自身は相手を嫌っていた。
栄一は至純に「また、みっちゃんと会ってみたい」と思っている。
これらの事実を両者の母親は知っていたため、計略を進めた。
両者の合意なしに双方の親が一方的に進めた祝言……換言するならば謀だったものの、以前から仲良しだった栄一と光恵は親には逆らわず、そのまま結婚することとなった。
それからしばらくして、栄一と光恵の間には、娘が二人生まれた。
娘たちは、郁恵と文恵と名付けられた。
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