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梟はその翼を広げる(5)
父から平手打ちを受けた郁恵は顔を両手で覆い、泣きわめいたのではなく、実の親へ事前に用意してあった捨て台詞を吐き、その場の勢いに任せて、自然なかたちで家から飛び出す。
相手の方から手を出すのを虎視眈々と待っていた郁恵は、逃れようのない既成事実を栄一へ作らせ、これを発端として利用する。
彼女は駅まで走り、終発へと乗り込んで姿を消してしまった。
何かの歯車にはならず、ばねの性質を有している郁恵の姿がここにある。
家へ帰ってきた文恵は全体を覆い尽くす、すさまじい雰囲気を感じ取り、役目を終えた線香花火のように悄気返っている父・栄一と、逆に燃え盛る炎よろしく熾烈な権幕で夫をにらむ母・光恵を前におどおどしながら、口を開いた。
「…………な……なんか、あった……の……」と。
「…………」
相手を見ても声を発せない栄一に代わり、手元にひかる包丁がある光恵がこの場で起きたことを説明する。
父にビンタされた姉が家を出ていった、と聞かされた妹はびっくり仰天し、言葉を失った。
当惑した文恵は「…………と、とにかく………ねぇ、ちゃんを……さ、捜そうよ……父ちゃんんん、母ちゃんんんん……」と、考えつつ述べた。
「…………どうやって…………??」と、怯えている栄一。
「…………あの子、どこかに行く宛があったから、ここから出ていったのよ。……きっとそう。そうに違いないわ……」と、ぎらつく目で夫を見つめながら言う光恵。
「…………い、いくあてって…………」文恵は言いながら、頭を搾った。
さらりと母は言った。
「……あの子、付き合ってる人、いたでしょう、ふみちゃん? ……今も続いてるんじゃないの?」と。
びくりとした父は顔を上げて、文恵の返答を待った。
「……い、いや〜〜〜、あの人とは勤めるようになってから、会えなくなったから、それで別れたって、かなり前に姉ちゃんは言ってた……よ……。それからは、誰とも付き合ってはいない……と思う……思う……けれど……」
妹は姉の男性遍歴に思いを巡らせ、言葉に詰まった。
郁恵は来るものを拒まず、去るものを追わない、からっとした人柄であり、男に相当もてた。
文恵は姉から次々と「今の彼氏」を紹介されていたが、圧倒的な力量の差を前に妹が姉へ嫉妬心を燃やす、といったことは皆無であった。
郁恵と文恵は仲が良く、二人は何でも話せた。
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