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次の金曜日、光広と礼子は行きつけのウィスキーバーで待ち合わせた。少し遅れると、礼子から連絡を受け取った光広は、カウンターに座って先に飲み始めた。 ボウモアの12年。光広が必ずオーダーするアイラウィスキーだ。アイラ島最古の蒸留所で熟成された逸品。『ボウモア』とはゲール語で『大いなる岩礁』という意味だ。 光広がグラスの半分程あけた頃、礼子がやって来た。 光沢のある紺色のスーツ。その下にはシルバーのニット。胸元はVに開いている。 彼女が光広の隣に座った時にふわりとウッディな香りがした。少し甘味のあるウッディな香り。香りが濃いわけではない。ふわりとだが、深みのある香りだった。銀座の若い女性がつける、流行りのトワレとは全く違う。 とっておきの樽で熟成された酒のように、奥深く上質な香り。光広にとって久しぶりの感覚だった。 礼子はブルイックラディの10年をオーダーした。ボトルに水色のラベルが貼られたブルイックラディはシェリー樽とバーボン樽で熟成されたウィスキー。樽由来の独特な香りと蜂蜜やバニラの香りが感じられる。華やかな礼子にぴったりのウィスキーだ。 「今日は光広さんと初めての日だからピート感が効いてないのにしたの」 ピートはウィスキー作りに使われる泥炭だ。スコッチウィスキーには欠かせない。ウィスキーの味に深みを与える欠かせないものだ。ただ、ものによっては個性的過ぎて薬品臭く感じたりするものもある。 沙希はあまりお酒を飲まない。アイラウィスキーの香りを『お薬みたいな香りね』と、眉間にシワを寄せて言うので好きではないのだろうと、光広は思っている。ウィスキー全部にその印象を持っているようだ。 礼子から、いきなりの『光広さん』呼び。驚いた。 「初めてのキスがピーティー過ぎるのはイヤでしょ」 礼子は悪戯っぽく微笑んで、隣に座る光広の顔を覗き込んだ。そして自分の唇を光広に軽く触れさせた。 こうして二人の関係が進んでいった。
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