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──道を違えることなかれ。
正道を進んだならばその先には必ず光が射す。
「決して嘘を吐かない真面目な子に」
「優しく朗らかな君に」
「敏く賢いあなたへ」
進む道のりに祝福あれ、と。神は謳う。理想を高く掲げることはおのが志が高潔であるのと同義、それゆえ人々は俺に万雷の拍手を贈った。祝福あれ。祝福あれ。祝福あれ。そこには鳴り止まぬ歓声と光が満ちていた。一部の隙も許さぬ光。気を緩めればたちまち網膜を焼かれてしまうかのような、光、光、光。
世界を揺り動かすことが出来るような、気がした。
それから俺は賛美のままに剣を振るった。世に『絶対悪』が居るとするならば自分が必ず殲滅してみせると、剣を振るって数多の敵を地に斬り伏せた。骸となった彼らは黒幕を紡ぐ口は無い。だが斬り伏せたことを悔やんでも遅い。
『絶対悪』を探し出せ。
俺の道には黒い茨が敷かれた。
その茨は骸を苗床に花を咲かせる。黒く、黒く、真黒な花を。花芯が数多の目のようにこちらを見つめている気がした。斃してきた彼らのような気がした、咎めるような視線を送られている気がした。それでも俺は進まなければならない。『絶対悪』を倒すために。
「──……」
足取りが重くなったような、気がした。
次第に進む脚は傷が増えていった。痛い。苦しい。俺はなぜこんなことをやっているのだろうか。目を瞑れば物言わぬ姿となった人々が浮かぶ。だが、歩みを止めれば光の射す方へこれ以上歩いていけない気がした。鋭い棘が牙を剥く道に、赤い印が穿たれる。光への道行きにはまだ遠い。
正道へと戻らなければ。賛美のもとへと帰らなければ。
息継ぐことすら惜しい。
進め、進め、進め。倒せ。倒せ。倒せ。
暗澹たる暗闇。血錆の歩み。
これは果てへの道行きか。
進め、進め、進め。光に向かって進み続けろ。
──道程はまるで行く先の分からぬ片道切符。
果てない旅路に目が眩んだような、気がした。
やがて。
黒いばかりの視界に、一筋の光。
俺はその光に項垂れていた顔を上げた。
見覚えのある光。
あたたかい光。
俺を連れに来てくれたのか。
──見ていてくれただろう。俺は祝福に違わぬ正しい行いをした。悪を斬り捨てて善を守った。祝福に恥じぬ行いをした。だから、だから、だから。どうかこの道行きから解放してほしい。俺が居るべき場所は光の射す所だ。
神は憐れむ声で宣った。
「なんと汚れた掌」
「祝福と引き換えに、愛も、情も、全てを捨てた姿か」
「束の間の栄光は楽しかったか」
「泡沫の賛美は幸せだったか」
俺は瞬く。どういう意味だ、と。
神は嗤った。嗤って、言った。
「自らを至上の存在と据え置いたか、愚か者。
──思い上がるな。
人はみな生まれ落ちたその時から幸せになる権利がある。
たとえお前が大衆にとっての『善』だろうと、斬り伏せてきた者の家族にとっては『悪』だということを忘れるな」
……自分の矜持が、信念が、崩れ去る音が聞こえた。
なぜだ。
『絶対悪』を殲滅したならば人々の望む理想郷が築けたはずだ。俺は何も間違っていない。何も悪くない。ああ、それなのになぜ。神はこんなにも俺を嘲っている。
神は微笑む、救いを込めて。
「また、失敗作ですか」
「賢き者には祝福を、愚か者には罰を」
「黒く、暗く、何もないところへと還りなさい」
「そうしてまた一から始めるのです」
「この世はすべて夢現」
「今度は正しく作り直しましょう」
「祝福を受けた子らだけが生きる」
「清く、清く、清い世界を」
──世界が、融解する。
意識がどろりとした黒に飲み込まれていく。
痛みも、息苦しさも、感じない。
心地良い。ゆっくりと、眠くなる。
世界が融ける終いに声が、聞こえた気がした。
「どこかの世界で、また会いましょう」
『次の幕では、
絶対悪として』
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