留守番電話

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これは私が子供の頃、家で一人留守番をしていた時のお話です。 時間つぶしがてら自分の部屋でゲームをしていると部屋の外から リーン リーン と電話の呼び出し音が聞こえてきました。 良いところだったのに。軽く舌打ちをしながら部屋を出て受話器を取ると。 「もしもし」 向こうから聞こえてきたのはか細い女の声、若いようにも年老いているようにも聞こえるその声は聞き覚えのあるものではありませんでした。 「どなたですか?」 そんな私の問いかけを無視して女は言葉を続けます。 「坊ちゃんは今、ご自宅にいらっしゃいますか?」 おかしな事を聞くものだ。当時私はそう思いました。だって自宅の電話にかかってきているのです。家に居ないはずが無いではありませんか。 「…居ますけど?」 そう恐る恐る答えると 「そうですか」 そう一言だけを残して電話が切れました。さぞ残念だと言わんばかりの口調で。 変な電話。頭を捻りながらもゲームを再開するため私は部屋に戻りました。 それから暫くがたち、また部屋の外から リーン リーン と電話の呼び出し音。 またか「はい」と受話器を持ち上げ耳につけたのとほぼ同時に聞こえてきた声。 「もしもし」 その声を聞いた瞬間、ぞくっと背中に冷たい物が走りました。電話口から聞こえてきたのはさっきと同じか細い女の声だったのです。 「なんの用ですか?」 そう問いかけた私の言葉、だけど女は 「坊ちゃんは今、ご自宅にいらっしゃいますか?」 さっきと全く口調でさっきと全く同じ言葉を投げかけてきます。 「だから居ますって」 思わず強くなった語気にも関わらず 「そうですか」 と女はそう全く変わらない声で返事をすると電話を切りました。 「何なんだよ」 不気味さを感じながら受話器を置き、一歩、二歩と離れた瞬間 リーン リーン 電話機がけたたましい音を立てます。 まさか?と思いながら受話器を握ると 「もしもし」 やはりあの女の声が聞こえてきます。 「何なんですか?」 怒気を孕ませた声もやはり女は無視をして 「坊ちゃんは今、ご自宅に…」 「だから居るって言ってんだろ!」 今度はこちらから受話器を叩きつけるように置きました。その瞬間。 リーン リーン 再び鳴り出す電話の呼び出し音。 「もしもし」 と出るのはやはりあの女。 何度電話を切ってもすぐに掛け直してきます。無視をしよう。そう思って放置してみても呼び出し音が止む気配はありません。 幾度となく、女に「家に居る」と答え続けた私に一つの悪戯心が湧いてきました。 リーン リーン 呼び出し音が響きます。受話器を持ち上げると 「もしもし」 女の声が受話器の向こうから響いてきます。 私は返事をせずに次の言葉を待ちます。 「坊ちゃんは今、ご自宅にいらっしゃいますか?」 幾度となく聞かれた声色も口調すらも変わらない質問。私はすうっと息を吸い 「居ないよ」 そう答えたのでした。 一瞬の間に静寂が流れます。 さあ、どう返す?ワクワクしながら耳をすましていると「…ヒ…ヒ」という声が聞こえて来ました。 「ヒヒ…ヒヒヒヒ…」 電話の向こうで女が笑っています。その声はさっき迄とはまるで違う。幼子のような、妙齢の女性のような、老婆のような、そんな声で笑っています。 「あの?」 思わずそう問いかけた瞬間 「良かった。良かった。良かった。良かった。」 笑い声と共に連呼される「良かった」という言葉。 あまりの気持ち悪さに電話を切ろうとしたその時、玄関からガチャガチャと大きな音が響きました。 何だ?慌てて玄関を見るとドアノブがガチャガチャと大きく動いています。ですが鍵のかかったドアを開けることは出来ないようです。ノブを引く音が止むとすうっと人影が玄関横のすりガラス越しに通っていくのが見えました。 そいつはカーテンのかかった窓まで移動してバンバンと何度もガラスを叩いてきます。 息をするのも忘れそれを見ていた私の耳に聞こえてきた女の声 「居ないんでしょ?開けてよ」 手に持ったままだった受話器から響く声に 「居ます!本当は家に居ます!」 そう必死で返事をしました。その瞬間窓を叩く音は止み 「うそつき」 そう楽しげに告げると通話は切られました。 その後私は母親が帰ってくるまで部屋の中で布団を被りガタガタと震えておりました。 何度か電話の音が聞こえた気もしましたがとても出る気にはなりませんでした。 それから今日までその女から電話がかかってきたことはありません。 もしもあの時、ドアに鍵をかけるのを忘れていたら?もしも窓のガラスが割れていたら? 私は今こうしてここでお話することは出来なかったかもしれません。 ただ一つだけ不思議なことがあるのです。あの日鳴り響いた リーン リーン という黒電話のような呼び出し音。 我が家の電話は数ヶ月前に買い替えたばかりだったのです。 設定されていた呼び出し音にあの リーン リーン という音はありませんでした。 あの電話は何処からかかってきたのでしょう。 それ知りたくともあの女は答えてはくれないでしょう。 「坊ちゃんは今、ご自宅にいらっしゃいますか?」 これで私の話を終わります。
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