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視線を足元に移す。ふと、人工呼吸器の本体の下部にある、スリット状の孔が目に入った。
そのスリットの形は、カーディガンについた汚れに合致しているように見えた。
「西成先生、もしかしたらこれ――しゃがみ込んで座って、背中が当たったのかもしれないです」
前田が思いついたのは、子供がよりかかり人工呼吸器の位置がずれ、引っ張られてチューブが外れたのではないかという仮説だった。
「ああ、なるほど、可能性はありますね。前田さん、それにしてもよく気づきました」
今度は西成が入念にカーディガンを確認する。慎重に四方八方から観察し、少しだけつまみ上げる。それから手を離して小さなため息をついた。
「西成先生はどう思われますか」
「いや、カーディガンを着た状態でよりかかったというわけではなさそうです」
「えっ、違うんですか?」
「前田さん、よく見てみてください。カーディガンの縞は前面、背面のいたるところに、それも不規則についています。このカーディガンを着た状態で、背中でもたれかかったとしたら、こんなふうに跡がつくはずはないと思います」
「そうですか。すみません、邪推をしてしまって」
前田は自身の発見が役に立たなかったことに愕然とした。けれど、やはりその汚れ自体に納得がいかない。
「でも、どうしてこんな跡がついているのか、それは疑問ですよね。形は人工呼吸器のスリットとぴったりなようですが」
西成は思考を巡らせた後、しゃがみ込んで人工呼吸器のスリットの奥を覗き込む。
「師長さん、人工呼吸器の電源を点けてもらってよろしいですか」
「はい、わかりました」
師長が人工呼吸器の電源を挿下する。
突然、けたたましいアラーム音が鳴り始めた。虚を衝かれた西成の肩が跳ねる。
「ほっ、派手なアラームで心臓に悪いですな」
「すみません、患者につないでいない状態だと、しばらくアラームが鳴るんです」
そのアラームは西成が着目したスリットの裏側から聞こえていた。スリットに接する形でスピーカーが装着されているようだ。
「でもアラームがちゃんと作動したという事は、人工呼吸器のアラームの不具合ではないのですね。それにしても随分大きい音ですね、これが聞こえなかったのですか」
「はい、誰も気づかなかったんです。ひどい落ち度ですよね……」
皆が腑に落ちない表情になった時だった。廊下を駆ける足音が病室に近づいてきて扉が勢いよく開かれた。そこには慌てふためく看護師の姿があった。
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