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だが、水村はまったく動じる様子を見せない。その反応の薄さに、鈴木がさらに苛立った。
「西成先生、私はこの後、診療の予定がありますので、これ以上、度し難い若造のために時間を取られたくありませんよ」
「鈴木先生、つまりこの件については私どもに任せてくださるということでよろしいのですね?」
「ああ、心底こちらからお願いしたいくらいです」
水村への嫌味も含まれていたが、鈴木の気持ちも理解できる。このまま議論を続けても平行線を辿るだけだ。
「クレーム対応のお返事は、十日以内にさせていただくことになっています。ですから、一週間程度で相手方が納得できる対応を考えたいと思います」
「それでは西成先生、来週、またこちらの部屋へうかがえばよろしいでしょうか?」
「そうですね。それでは――前田さん、いつ予定が空いていますか?」
「西成先生の予定ですね。来週はいつでも大丈夫なようです」
「いや、私の予定ではなくて、あなたの予定です」
全員の視線がいっせいに前田に向けられる。意図を察した前田の心臓が跳ね上がった。
――この案件が、西成先生の言う『卒業試験』なんだ!
前田が返事に窮する間にも、西成は容赦なく話を進める。
「鈴木先生、この件は前田が対応し、善処させていただきたいと考えています」
「なんですと!? それはさすがに困ります!」
失礼な返事だと思ったところで、西成が毅然とした態度で言い返す。
「私どもにお任せくださった以上、担当者の人選の権利は私にあります。変えるつもりはありません」
「ぐむぅ……」
鈴木は露骨に不満そうな顔をして、前田を舐め回すように見つめた。
この案件は、前田が医療弁護士として初めて手掛ける仕事となる。西成は銀縁眼鏡の奥で瞳をぎらつかせた。
「前田さん、あなた自身で打開策を考え、この危機を乗り切ってください」
凍りついた空気の中で、前田は口元を引き締める。
無言で一度、首を縦に振った。
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