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前田は収集した資料に目を通しながら困惑していた。大きく深呼吸をしてから西成に話しかける。解決の糸口を求めているわけではない。ただ、自分の抱く疑問を西成がどのように解釈するか知りたかったのだ。
「西成先生、先日の件でご意見をうかがいたいのですが」
「どうしたんですか、前田さん。さっそくお悩みのようですね」
一筋縄ではいかない案件を持ちかけた張本人は、さも興味深そうに前田の様子をうかがう。
「あの水村先生、院内での評判はけっして悪くない方です。お察しの通り、コミュニケーション能力が高いわけではありませんが、仕事に対する姿勢は真摯なようです。就職マッチングの時の資料を調べてみたところ、学生時代の成績は上位一割に入っており、面接の評価も高かったようです」
前田が腑に落ちない顔をするのも当然だった。経歴と評判からすれば、彼が刺青を彫るような人間には思えないからだ。
「いつも素晴らしい調査能力ですね、前田さん」
「でも、解決できなくては意味がないです」
褒められて喜んではいられないと思い、前田はきゅっと口元を引き結んだ。
「それから、水村先生と同じ大学の先生に尋ねてみたのですが、学生の頃、いわゆる『チャラい』雰囲気はまるでなかったそうです。刺青のことは公にしなかったそうですし、知っているのはごく一部の友人だけだったようです」
「なるほど。どうして他人に見せないのに刺青を彫ったのか、それを疑問に思っているんですね」
「はい、そうなんです」
前田はしばらく思考を巡らせていたが、突然、なにかを思いついてすっくと立ち上がった。
「すみません、急な申し出で申し訳ないのですが、明日一日、有給休暇をいただけないでしょうか」
「おやおや、珍しいですね、前田さんが自分から休暇を申請するなんて」
「ちょっと大事な用がありまして」
西成はじっと前田の顔を覗き込む。
「さては前田さん、水村先生の刺青のルーツを探ろうとしているのですね」
前田はギクリと身をこわばらせた。どうして西成先生は他人の考えをたやすく見通せるのだろうか。
「図星のようですね」
「水村先生に内緒で実家にお邪魔するなんて、少々出しゃばりすぎではないかと思ったのですが……」
「ふふっ、じつは私もそこにヒントがあるのではないかと思いましてね。しかし、どのように調べるかはあなた次第です。なにせこれは前田さん、あなたが担当している案件ですから」
「それでは明日、休暇をいただけますか!?」
「それは許しません」
「なっ、なんでなんですか!」
青ざめた前田に向かって、西成はにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いいですか前田さん、これは職員に関する重要な調査です。だから明日は業務の一環として、私から頼みたいと思います。彼の刺青のルーツを突き止めてください」
「そっ、そういうことですか。嬉しいです、ありがとうございます!」
「彼の実家のほうには、私から連絡を入れさせていただきます」
「承知しました。では行ってまいります!」
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